「おいしい」は生きる為に必要か考えた話

〒みなさま

 

今日は大好きな食べ物に関係する思い出話をしますね(っ´ω`c)

 

「おいしい」は生きる為に必要か考えた話

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何のために「食べる」のか

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皆さんにとって「食事」とはどのような存在ですか?

そんな風に聞かれたら、どんな答えがあるのでしょう。きっと、食べなければ生命を保てないから、以外の理由もたくさんあるのだと思います。

私はたべることは大好きですが、カロリーはそれなりに気になります。(私が真夜中にアイスやケーキを食べている事を知っている方は、すぐに記憶を改ざんしてください)

太ることの害といえば、健康もそうですけどお洋服を着た感じにもすぐ表れるそうです。私はファッションにそこまで詳しくないですが、知人いわく「すこし太るとサイズ感が全然違うようになり、急に服が似合わなくなる。」そうです。

私は堕落した人間なので

「この服もうダメかな~(苦笑)」

と服に責任を押し付けてみるのですが、まわりのオネエたちから

「アンタが太ったんだけど!!」

と必ずツッコミが入ります。そんなオネエストップのおかげで、私の体重が大きく増えることはありません。

たまに、ずっとサプリだけとっていれば、体重の増減もなく、体型を維持する過程がないんだろうなあと思います。

極端な話、「おいしい」を手放せば楽になることはたくさんあるのかもしれません。そんな想像の延長で今日ふと、「エビを一生食べられないかわりにずっと君は38キロだよ」と言われたとしたらどうするだろう、とまじめに考えました。

自分たちを招集した脳内人格会議の結果、どの自分も「それはちょっと・・・」と首を振っており、貴重な時間を無駄にしました。

その話を知人にすると、彼女は不思議そうにこう言いました。

「そんなに食べることが好きなの?私にとって食事って思考と体を維持するだけのものだな。」

そういわれて、食べる事にについて改めて考えたことがないと気付きました。確かにおいしくなくても、栄養があれば生きていけるんですよね。

漫画みたいに一粒のカプセルでその日必要な栄養が摂取できたら、私はたべることをやめるのかな?、とか色々空想していると、子供の頃のことを思い出しました。

お母さんとエビの思い出

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思春期というかもろに反抗期の時に、お母さんと些細なことで喧嘩をして自室にたてこもったことがありました。恥ずかしながら、当時の私は10代におけるホルモンバランスの乱れをモデルがごとく体現していました。

全身全霊で養われてるのに、自給自足顔で自室にたてこもります。

絶対もう元に戻れない!!みたいな感じの、もう紙のような薄さの「絶対」を背負っていました。この時12歳だったのですが、SNSで落ち着いた中高生をみるたび、尊敬の念を抱いています。

喧嘩の内容は今でも覚えています。テストの点数をみてお母さんがちょっと小言みたいなことを言いました。(そう聞こえただけで普通の会話だったかもしれないです。何せ思春期対象の有毒なガスに感染していたので・・・)しかし、そのテストは全体的に出来がわるくて私は良い成績のほうだったんです。

まあ結果として何の問題もなかったわけですから胸をはって、「HAHA!ドントウォーリーマム!みんなが出来が悪かったんだよ?」みたいにスッとトロピカル対応をすればよかったんだとは思います。しかし何せ思春期対象の感染が進行していたので、もう、不必要な音をたてて自室へダッシュですよね。

ドンドンドンドン!!!!!(階段を重みを増してのぼるのぼるのぼる)

もちろん、ドアを閉めるときは空気をよーーくためこむ

 バァンッ! 

みたいな感じで閉めましたよ。本当に、書きながら手が震えます・・・。

なんで子どもの頃ってバカなんですかね・・・いやそうではない方もいますよね、なんで私の子どもの頃はあんなにバカだったんですかね・・・?いやあ、自らの過ちをこうして記していると、お母さんに電話して謝罪したくなります・・・ははは・・

夜ご飯の時間になってもおなかがすきませんでした。

対して蓄積もされていない自分の履歴が汚されたような顔をして、「もう元には・・・戻れない・・・」と、机に向かっていました。ただ、その時そこで何をしていたかって、乙巳の変とか大化の改新を取り扱った漫画を読んでいました。

特に、することがなかったんですね。

ここ、かなり記憶にはっきりあります。

ものすごくふざけた教材みたいな漫画で、蘇我氏が襲われるシーンも舌だしてギョエ!みたいな驚きかたしてるようなコミカルなやつです。それを真剣に読みだして、中大兄皇子蘇我氏め・・・」みたいにいってるシーンをめっちゃ眉をひそめて読んでました。自分ではものすごいクールな顔をしているつもりではいました。

何であれをやりながら、真面目に怒れたのか今となってはちょっと本当に理解できないとか書きつつ、勘弁してください・・・過去の私勘弁してくださいいい・・・という懇願する体勢に入りつつあります。

その後はといいますと、お母さんも気持ちが落ち着いて仲直りにきてくれたのに私は部屋に鍵をかけていたんですね。

一回声を書けてくれたのに、不機嫌に「いい」とか言ってしまった記憶があります。ひどいですよね・・・。あんな漫画読んでるだけのくせに、「いい」とかよく言えるなってすごい思います。

それで夕ご飯の時間も降りてこないで、そのあと20時か21時くらいになってですね、

もうビジネス不機嫌みたいな状態になってるんですよね。

もはや何に怒っていたのかあまり分からなくなっているし、相手の事もそんなに悪いと思っていない、けれど篭城は何となく続けるみたいな。とりあえず不機嫌なポージングは崩さず、両親が寝たらなんか食べようみたいな計画まで脳内でねりだしてて、精神面では「プライドを傷つけられて食欲が無い・・・私はひとりぼっちなのかな・・・?」みたいな痛々しい状態から多少の回復をみせていたんですね。

その時お母さんが、もう一回「まどちゃん、ごめんね」ってドアの向うから声をかけてくれたんです。

私はなんか、その時はちょっと冷静になってて(お母さん知らなかっただけだし、そんなきつく言われてないのにな・・・)ということに気づいていたのですけど、何だかそれを素直に言えなくててここでまた、

「いいけど・・・(ブスッ)」

みたいな態度で返事をしてしまうんですね。ほんッと衣から食から住から養われていて、何様だお前は!!ビンタだ!と、タイムマシンができた暁にはきつくいい聞かせたいと思います・・・まったく過去の私め(すいません)

そのあと、下の階にいったら私の大好きなエビフライがいっぱい作ってあったんです。

その時色んな思いがワーーーッと、かけめぐりました。

私が意地をはっても最後は一階に降りてきて、お腹がすいてる事とか、意地を張ってどこで折れればいいか分からなくなってることとか、そういうこと全部お母さんはお見通しなんだなって、それでお母さんから折れてくれたんだなとか、いろんなことを押し寄せるように理解しました。

お母さんが「おなかすいたでしょ、お味噌汁は?飲む?」みたいなことを優しく聞いてくれました。その時、ちょっと声が詰まったけど「お母さんごめんね、言えばよかった。」とようやく言えたんです。

お母さんは「お母さんこそ、先に聞けばよかったよね」みたいなこといってくれたんですが私はそれを遮り、

「ううん!!こんなもの作ってくだすってありがとう!!さっきはナマイキな態度とってごめんなさい!」

というようなことをいいました。「くだすって」は歴史マンガを直前に読んでいたせいですが、これがまた、卑屈さに拍車をかけました。

その後も正確なセリフは覚えていないのですが(記憶はわりと大化の改新漫画にもってかれた)ちょっとお母さんが「あなた食べ物でそんなに・・・?」と引くレベルでプライドを失い、感謝とお詫びを伝え続けました。

空腹にエビフライごはん、美味しかったです。

(ちなみに、怒ること自体高校あたりから殆どなくなりました)

自分にとっての「おいしい食事」の価値

前置きが長くなりましたが、私にとって「おいしい」ってすごく大切なことです。

それは思春期のホルモンバランスの乱れすら凌駕します。家庭料理というものは幸福とも繋がっているように思えます。でも、食事は体や思考を維持するだけのものだと言う人の気持ちもわかるんですよね。もちろん、食に関心がない人を否定する意味はないんです。知人みたいに、自分にとっての答えを見つけたいんです。

おいしいがなくてもきっと体は生きられるけど、その「生きる」はホントの「生きる」なのか分からないでいます。

伝説的なモデルの言葉に「どんな美味しい食べ物も、痩せているという快感には敵わない。」というものもありますね。賛否はともかく、この人は自分にとっての食事の価値をしっかり定めたのだと思います。

漫画のキャラですが、範馬勇次郎グラップラー刃牙)が言う「漫然と口に物を運ぶな。何を前にし、何を食べているのか意識しろ。それが命 喰う者に課せられた責任。義務と知れ。」というセリフも、食べる事としっかり向き合っているいい言葉だと思います。

欲求に目的や理由、哲学がないと、人間であることを放棄した気持ちになるときがあります。着飾ることも食べることも、行き過ぎれば理性の意味がないような気もしてうーんってなります。

でも欲を否定するのは、生きている意味が失われるような気がしてなかなかどうしてむずかしいです。大人になってもまだまだ考えたり、決めたり、選んだりすることがたくさんあるなあと思いました。

まとまらないお話ですが、家族と喧嘩してもごはんで大体仲直りできるタイプです、というお話でもあります。ちなみにお母さんにこの件のこと、時々謝るんですがお母さんは「そんなこともう忘れちゃったよ」というので余計に胸がずきんとします。たくさんたくさん、私のためにごはんをつくってくれたこと、感謝していきたいです。

ごはんを作ってくれる人って偉大ですよね。(っ´ω`c)

そしてわたしはやっぱり、エビが大好きです。

みなさんにとって「おいしい」は何のためのものですか?

いつかぜひ教えてください。

それでは、またお便りいたします!

 

 円野まど

 (この記事の思い出話の部分はリライトになります。)

 

 

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