ゲームセンターで遊んだことがなかった

 

私はゲームセンターでの遊び方をよく知らない。

子供の頃「あぶないから行ってはいけない」と言われたところの一つだった。

成人するまでは立ち寄りもしなかった。

 

もちろん本当に危ない場所だと思ったことはない。

私はもともと病気がちで、すぐにせきがでて寝込んでしまうこどもだった。

病院で心細そうにするお母さんの顔をよく見た。

かなしいことを増やしているようでなんとも申し訳なくて、どうしてもしたいとかじゃないことは大体「うん」と答えた。

そういうわけで、私はゲームセンターを自分の選択肢から外してきた。

 

お店を横目に眺めたり、待ち合わせている友達が暇つぶしをしているところを迎えに行ったりしたことはある。

 

それに加えて、通りに露出するクレーンゲームで遊ぶ人を見ていたので、どんなものがあって何をする場所かは大体心得ていた。それでじゅうぶんだった。

かわいいなと思うぬいぐるみはあるけれど、同じようなものはお店で買えるしもう大人になってしまった。

もちろんぬいぐるみの扱いは個人の裁量でいいと思うけど、自分には似合わないというか持たないもの、という意識が根付いていた。

そんなことを改めて考える事も今までなかったけれど、この前急にその機会が巡ってきた。偶然ゲームセンターに行くことになったのだ。

本当はただガチャが出来る場所を探していたのだけど、成り行きで中に入った。

 

一緒にいた人たちがあまりに当たり前に店内をうろうろしているので、私もあまり珍しそうにせず、いかにも「ああはいはい、こういう感じね」という顔をして歩いた。

でもぜんぶ、なんとなくしか知らないものでとても珍しかった。

何種類ものクレーンゲームが並んで、そのまま通路を作っている。

壁じゃない壁が続く。

こういうタイプの地獄ありそう。

フリーザ様が似たようなところに送り込まれていた気がする。

 

どんなものにも、はじまりがある。

クレーンゲームは1930年代には手動のものが登場しはじめ、1960年代には市場ができあがっていたという。それから小型化など改良を重ねて、今ではクレーンゲーム検定まである。

この謎のシステムを大真面目に開発した人は、すこし狂っている気がする。

でも、形を変えてもずっと需要のあるものを作るのはすごいな。

いろんな人が喜ぶものは、いつもえらい。

 

そんなことを思っていると一緒に行った人が操作しはじめた。

実際間近でアームというものが動く様子を見るのは初めてだった。

なので、(クレーン動いてるう!!!)みたいなことを興奮ぎみに思っていたけれど、もちろん一切顔には出さず「へー」みたいなすまし散らかした表情で横に並んだ。

 

他の人も、落ち着いて見ている。やはり、この人もゲームセンターで遊んだことがあるようだ。これは、私も(これくらいのことはまあ、生きてきて経験したことが??ありますよ??もちろん??)という態度で臨もうと決めた。

いまさら私が「こういうところあまり行ったことがないんですよねー」と打ち明けたところで、返答に困る謎アピールになってしまうため、表情にわくわくが出ないように耐えた。そしてそのクレーンの先にいるのは

 

 

ピカチュウだった。(エコー)

 

 

正直この時点でわたしは(クレーンでピカチュウ掴んだらここに運ばれてくるの?え?まずその様子がかわいいですよね(謎敬語)この大きいピカチュウあげますって話なの、改めて理解すると楽しすぎじゃない?なにこれ。)というテンションではあったけど、「わーかわいいですね(微喜)」みたいな感じであくまで落ち着き払った大人として振舞う。

 

ゲームセンターにはいろんなタイプのピカチュウがいて、クレーンのアームが動くたび私の脳内にはRADWIMPSが流れていた。いちいち駆け寄りたかったけれど「へえ(短いへえ)」みたいな態度を心がける。私は大人らしくいることも好きだ。

 

クレーンゲームの中に大量に閉じ込められたピカチュウは、かわいそうでかわいかった。私は体育の単位は先生のお慈悲でかろうじて取得したし、様々な複雑な動きに対応できないのろまタイプの生物だ。

でもなぜかこの時点で自分もがんばったらピカチュウとれるかもしれない、という期待を抱いた。ピカチュウで頭がおかしくなっていたのだと思う。

 

 そしてそれから何度もクレーンのアームの弱さに驚いた。

なんというかやる気が感じられない。

(お金払うから売ってほしいなあ)と思った時、隣から

「お金払うから売ってほしいわぁ~」という声がきこえた。

あまりにあまりなタイミングだったため、正直かなり驚いてしまい、心が読まれているのかまで一瞬本気で考えた。ピカチュウで頭がおかしくなっていたのだと思う。

 

そのあと、私も何度か操作させてもらったりしたけれど、一向にとれない。

それどころか、寝返りを打って遠ざかったりする。

一緒にいった人の動きをみて、倣おうと思うのだけど(なるほどわからない)という状態が続く。

こんなスカスカのアームを与えるとか、地獄の鬼かな?

 

そのあと、店員さんに位置をフェアなものにしていただくなどこういう場所のお作法を知る。一緒に行った人は当たり前のようにその知識をもっていた。

どのようなことにも順序というか、ステップやコツがあるものだなあと感心してると「とれそう」という声がした。

もう私は操作していなかったのだけど、固唾を飲んで見守った。

とってもどきどきした。

そしてその時はやってきて、ガコンと音をたててピカチュウが落ちてくる。

何かが実る瞬間ってすごい。

こういう音がするんだと知れてうれしかった。

そして、店員さんがやってきて袋にいれてくれる。

取った人は関心がないようで、ピカチュウは私がいただいた。

みんな特に感動はないようで、もう歩き出していた。

取るまでがおもしろいもののようだった。

 

私はとりあえず、走り出したいくらいうれしかった。

そのあと何を話したのか今思い返してすこし記憶が飛んでるくらいうれしかった。

こういう場所にあるぬいぐるみを、はじめて間近で見た。

私の両腕にちょうど抱えられるくらいのピカチュウはいつも以上にかわいかった。

もうピカチュウで頭がおかしくなり果てていたので、ここから落ち着いているフリをするのを忘れてしまった。

こんなにうれしいなんて、やったことがないことがあって良かったと思った。

私はよく自分がいたらなくて恥ずかしくなるけど、知らないことがあるからこうやって幸せになれるのかもしれない。知らないことがわかるとき、こどものころみたいに新鮮にうれしい。

ガコンってピカチュウがすべってくるところをたくさんリプレイしたい。

大人になった気持ちでいたけど、生まれて初めての幸せがまだたくさんあるんだなと思った。

にこにこしておうちについたのだけど、すごく高熱がでてしまって、その日いつ眠ったのか覚えていない。

目が覚めて、今何時だっけと思うと枕の横にピカチュウがおいてあった。

はやく元気になって、やったことがないことをたくさんしたいなと思った。

昨日からわたしは、ゲームセンターで遊んだことがある人になった。

今度だれかに、教えてあげようと思う。

そんなこと、と思うかもしれないけどなんとなく

色んな何かをはじめて知ったり、何かではじめて遊んだ日のことを思い出して、とってもうれしかった。

やったことないことが、いっぱいあるからこれからもおっかなびっくりやりたいなと思いました。新しい事をたくさんみつけたい。

はやく体調をなおしてたくさんおでかけしたいです。

 

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