「そこそこ」じゃダメなこと

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こんにちは。またまた久しぶりですね。

今日もこの前思ったことをメモがわりに残しておこうと思います。

うまくかけるかちょっと、わかんないですけど。あとで修正するかもしれないです。

 

すこし前にTwitterでいろんなアバターというかアイコンを作れる似顔絵メーカー的なものが私のTLをにぎわせていました。

目、鼻と口や髪型、服装にいたるまで何個か好みを選択すれば簡単にイラストができあがるようなものです。(具体例は作者の方にご迷惑かもしれないので、控えますね)

私も楽しく遊んで、自分の作った女の子を友達と見せ合ったりしておおいに盛り上がりました。ネトゲとかでアバターを作る感覚で、こういう何かを投影する作業は割とスキです。ただちょっと、今回はひやっとしました。

それらはほとんど自動生成されるにも関わらず、売り物に値する水準に達していたのです。イラストを描いて生活しているひとのことをすこし、想像しました。

「オーダーメイドのイラストを買うひと」って、この世にどのくらいいるんだろう?多いのか少ないのかも想像つかないです。少なくとも、1つの市場を縮小させる発明であることは間違いないと思います。同時に、多くの人が楽しむことができたり、生まれた可能性ももちろんありますけど( *´v`* )

自分にとって「そこそこ好きなもの」を手にいれることがどんどん簡単になってるなって思いました。それは今までもあったことで、ファッションにおいてオートクチュールが衰退してあっという間にプレタポルテが席巻したように自然な時の流れなんだと思います。ただ、最近はそれがどんどん加速してる気がします。

次々ブランドがつぶれて、ファストファッションは顧客を拡大し続けているし、コンビニのスイーツはお菓子やさんのものよりかわいくておいしいことだってあります。いろんなものが大衆向けかつすごい速度で支給されるようになっていて、それらは大体6~8割の満足を私たちに与えてくれます。

ぜんぜんそれは悪いことじゃなくって、いいこともたくさんあります。

 

たとえばSNSで考えると、誰でも簡単に発信することができるようになったからこそ多くの人の表現力が向上したと思います。「まず、与えられる」ことで増える可能性はたくさんあるから、決してわるいことじゃないのです。

でも、私はちょっとだけ不安になりました。

こういうことばかりに慣れていると、いざというときの選び抜く目が衰えてしまいそうだなって。楽しいことは楽しくなんにも考えずに楽しみ倒したいから、ファストファッションも似顔絵メーカーも、コンビニのスイーツも大スキです。だけどそれとは別に、「これは妥協せず、自分にとって一番すてきなものを選ぶ」ってことを意識しようかなあって思いました。ただ、私はセブンのシュークリーム大スキなので考えた末に選ばれるのがありふれたもの、であることも全然あります。

自分でちゃんと工程を飛ばさず、考えて選ぶってことを忘れたくないなあーと思ったのでした。「そこそこ」じゃダメなことってなんでしょう?

「一番」とか「最高」じゃないとだめなこと

だいすきなひとへのプレゼントとかもそうですね。うまくいえないんだけど、なんとなくちょっと、慣れてしまうと忘れてしまいそうな感覚だったので、かいておくことにしました。自分にとって適切なものを選ぶための判断力も向上させたい今日この頃。

 

時とともに進展することは割と必然なので、できるだけ好きになって、みんなの栄養になればいいですね。

わーぜんぜんまとまらなかったので、あとで考えてみます(* ´ ▽ ` *)ノ 

じんせいは楽しいとかうれしいのためにあるので、みなさんもわたしも、心からすきなものといっしょにいられたらいいなって思います。

それではまたおたよりします