こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

数学の先生に張り飛ばされた話

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〒 みなさま

 

こんにちは円野まどです。

今日は数学の先生に張り飛ばされた時の話をします。

それだけではちょっと、長文を読んでいただくのも申し訳ないので

「その出来事をきっかけに感情と行動を一致させられない自分に悩んだ。」

という部分もお伝えできたらと思います。

実は私は人の目をかなり気にしてしまいます。

さまざまな発達の遅れや差違があるのでその「気にしかた」が他者からみて「気にしているように見えない」場合が多く、かなりマイペースだとは言われます。

いや、事実としてマイペースなんだと思います。

自分なりに不安なだけで、していることはかなり大胆だったり不遜なのかもしれません。気持ちと、表現する行動が一致しない時、すこし戸惑います。

 私は子供の頃から人並みに出来た事が少ないのですが、その「出来る事と出来ない事がある」部分はあまり気になりません。

「自分とは違う人がいるから、世界が成り立っている」

と考えていますので他者と自分が同じ役割を担っていなくても気にならないのです。

(皆が同じ顔ではないから、新垣結衣さんを見るときに胸が高鳴るのだと思うと世界は尊いです・・・!)

では何故「人の目を気にしてしまうか」なのですが、これはずばり「周囲の人に迷惑をかける」と感じるからです。

私は空気の読めない子供でした。

今は空気の読めない大人です。

自分としては「すっごい好きですアピール」のつもりが「マウントとってきた!」と絶望的なすれ違いを起こすこともあるので、要勉強だなと日々精進する所存です。

良かれ、と思ったことが絶望的に間違っている事が多いのです。

自分なりに他者と歩調を合わせたく、様々なことを試してみたのですがまだまだ修行が足りていません。

時々、傷つけてしまいそうで怖くなって自分から話しかけるのをやめてしまいます。

人と違う事を恐れないけれど、人と歩調を合わせられないことでうまれる悲しみや争いが怖いのです。

それを明確に感じたのは、中学生の頃でした。

子供の頃、私は勉強が不得意ではありませんでした。

事情があって、小学生低学年の頃にかなり進んでいた為です。

学校の授業は眠くて寝てしまいました。

これは「もう分かっているので聞いてられるか」という意味ではなくて、「集団で着席していなければならない」状態が何故か不安でストレスだったのです。

人が大勢いると疲れが出てしまうというのは、園児だった頃からそうでした。

体調も崩しがちで、早退や欠席のない月はなかったと思います。

殆どの日、午後まで体力が持たずかなりの頻度で眠くなりました。

夕飯の後二時間くらい寝ている事もあった程で、とにかくよく惰眠を貪っていました。

テストの成績が上位3%に入っているため、学校側としては「授業を軽視している」と考えてもおかしくなかったと思います。

自分としては「授業中起きていられない分、せめて勉強は遅れないようにしよう」という態度のつもりでした。テストで著しく悪いものもなく、先生と話す際に反抗的だったわけではないので自分としては問題なく生活が送れているような気がしていました。

ある時担任の先生が母にこう言いました。

「お嬢さんは、大人をなめています。ご家庭で指導してください。」

きっかけは誤解だったのですが、私はその日の放課後に数学の教科担当の先生に叩かれました。

ひ弱だったので、廊下を滑るように体が移動して壁にぶつかったのを覚えています。

ちょっと漫画みたいな場面ですね。

生徒会室に落書きをした生徒の後姿が私に似ていた為、私だと思って逆上したとのことでした。私は身に覚えがなく、誰かが先生を止めていた声だけが遠くに聞こえました。

当時はそれがどういうことなのかよく分かっていなかったので、ぽかんとしながらも頬が熱くて痛くてびっくりしました。

あっという間に母が来て、よく覚えていないのですが一緒に病院に行きました。

病院から帰宅後、「すぐに帰ってきてください」と母が父に電話しました。

私は、とり乱す母の気持ちをなだめようとしました。

「先生は間違えたんだよ悪気があったわけじゃないよ」

と伝える私を、母は何ともいえない顔で見つめていました。

ちなみに私のその行動は優しさからではなく、その頃からとにかくもめるのが嫌で、楽しいとか嬉しいとか好き以外の大きな感情のやり取りは面倒だと思っていた為です。

当時は昼寝をしてのんびり過ごす事が、一番好ましいことでした。

その日のうちに担任の先生と数学の先生が自宅に来て、勘違いでケガをさせたことを謝罪したあとで母に言ったのが上記の「なめています。」という発言でした。

つまり、私が授業中寝ていることが多いが故に、無視されていると感じた数学の先生が、私を疑いやすい状態にあったということです。

(脱線するので一言だけ触れますと、その後仕事を早退して話し合いに加わった父が激怒してそれは撤回されました。)

ちょっと驚くほど両親が怒っていて、私はなんとなく申し訳なくなりました。

誤解が解けて、気をつけてくれたらそれでいいのに話がどんどん大きくなる・・・と怖くなったのを覚えています。

中学生の私はただ、平和に暮らしたかったのです。

今はさすがに娘がケガをして帰ってきて「フーン。」というのは難しいと分かるのですが、当時はただただ、なんだか自分を中心に騒ぎが起こったことが恥ずかしかったです。

次の日、私は学校を休みました。

前日から明日は休もうねと言われていたのですが、そういう時に限って早く目が覚めました。一日だらけていられることが嬉しかったことを覚えています。

起きて鏡を見たら片目が開かないくらい腫れてゆうれい画のようだと思いました。

母の部屋にある三面鏡で角度をかえて、その顔を見て遊んでいたら後ろから小さな悲鳴があがりました。

母はその顔を見て泣き、悲鳴に駆けつけた父は私を見て絶句した後卒倒するのではないかと思うほど激昂しました。

「女の子なのに、信じられない。」

そう繰り返してとても辛そうにする母を見て、何となく「私が他の子と違う事をしていたせいで、いろいろなことがおかしくなり、皆を巻き込んで楽しくない騒ぎが起こってしまった」と悲しくなったのを覚えています。

後日父が学校に調査を願い出て、その先生が他の子のことも叩いてケガをさせていたことがわかりました。

なぜか全員女子でした。

ただ、他の子は私のように見える場所ではないところだったり、半日で赤みが消えるようなものだったこと、親御さんが申し出なかったことで発覚していなかったようです。

暴力教師、先生はそう呼ばれることが増えました。

確認もしないで張り飛ばしたら確かにいけないと思います。

けれど私はずっと引っかかっていました。

「授業中寝ている」という落度が自分にもあったからです。

それを謝らなくていいのかな・・・としばらく思っていました。

「あなたは大人をなめているところがある。だから大人はあなたに謝りたくない。」

実は、事件のあと帰りの廊下で偶然二人になった時、数学の先生にこう言われました。

大学時代はラグビーをしていたという大きな体を見上げると、そこにあったのは深い、光のない瞳でした。

私が大人になるまで、何度かこういう目をする人に言葉をかけられたことがあります。

それらに何と返事をすればいいのか、今でも時々考えています。

その時言い返したかった、とか言うべき言葉というわけではなくって、放たれた言葉は問いかけのように感じました。

だから、私の中の返事とか、答えを見つけたいと思うのです。

傷ついたからではなくて、それを解決しなくてはいけない気がするのです。

あの時、数学の先生はすごく怒られていたし、私ももう叩かれたくありません。

先生の事もぜんぜん好きではないです。

でも、私は私の責任を果たしていたかな、ということを今でもたまに、思ってしまいます。

 

「私がうまくできないせいで、皆に迷惑かけないかな?」

と何かを始めるとき、思うことがあります。

そういう場合、まずしゃんの顔が浮かびます。

(しゃん=私のパートナー)

その後、でんきゅうやアイちゃんや、身近な人の顔を思い出して、そして不安になります。

自分が人に「キモイ」と思われて、その「キモイ」が大好きな人に伝染したり、していると周りに思われたらどうしようと思うと、とてもどきどきします。

「私のせいで、しゃんに迷惑がかかったらどうしよう。」

 しゃんにそう言うと、彼はいつもそんな私の口真似をして笑います。

「まじめに悩んでいるの。」

そう言うと、くよくよする私を指さして笑います。

ぽかんとしていると笑ったままでまじめな答えがかえってきます。

「だから何で笑ってるの?」

「だって、世界の一大事みたいに悩んでいるから。」

私もだんだんつられて、最後はお互いにけらけら笑っています。

「その不器用さが一緒にいて安心するんだ。」

そう言われた時、流星が降るみたいにすごいことばだと思いました。

 

同じ事象について取り組んでいるのに、こうもアプローチが違うのだなと驚くことばかりで、いつも自分の視野の狭さに気づかされます。

もし、気持ちが上手く伝わらないなら、何でもそのまま伝えてみよう。

その時そう思いました。

また失敗してるかもしれません。

けれど、嫌いかもしれないって思われる確率は前より少しだけ、下がったように思います。

Twitterでも、どこでも、私は好きだと思ったら好きだ、と伝えるようにしています。

人によっては誰にでも言うように見えるかもしれません。

けれど、その人を私が「嫌いかもしれない。」と思われるよりは「はいはい。」と思われていたほうがよくて、そしていつかは、どういうところがすきなのか、上手に伝えられるようになりたいなと思っています。

千里の道も1歩からですね( ´ヮ` )!

 

 努力は続けますがきっといつまでも、私が雰囲気を察して行動することは人並みのレベルに達しないと思います。

けれどそれを補える何かを見つけられたらいいなと思っています。

まっすぐな道ではなくても、それを叶えられる方法は無限にあることが人生の面白さの一つだと信じています。

 誰かを笑わせたいけれどユーモアのセンスはなかった。

けれど真摯に相手を大切にすることで、いつも笑顔にさせられるとか

そういう何か、特別な抜け道を探すように生きられたらいいなと思います。

私にもできることがきっとあるから、それを見つけたいです。

空気も読めないし、場違いな行動ばかりしてしまうけれど

その時かいた恥で誰かが笑ってくれるなら、と思います。

それじゃあ、いつも、笑ってもらえるような 他意のない失敗でいよう。

時々成功できるように、日々あれこれ試してみよう、

そんなことを考えてたら、希望がわいてきました。

 

長くかかったけれど、やっとあの時廊下でかけられた言葉の返事を見つけることが出来ました。

「何も謝らなくていいよ。違う伝え方を見つけられるよう頑張ってみる。」

やっと自分の責任の果たし方が見つけられそうです。 

 

さようならあの時の数学の先生。どうかお元気で。

 

それではまたお便りします。

 

円野まど