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こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

だんごむしと呼ばれた日(前編)

〒 みなさま

 

こんにちは!

店員さんと話すとき緊張するので脳内に直接呼びかけられる力が欲しい円野まどです。

みなさんは爪はどのくらいの頻度できっていますか、わたしはすっごく深爪派なので、のびるとすぐぱちぱち切ります。牛乳を毎日飲むから伸びるのがはやいような気がしています。

今日は私の中学生の時のお話です。ちょっと長いかもしれないので、お時間があるよという時に読んでみていただけたらとてもうれしいです!

 

わたしの部活事情

私の中学校は「入部義務」がありました。

何かの部活に入らなくてはいけませんよ!ということです。

これがなければ私は部活に入らなかったのですが、こういう人間がいるから必須にしてるんですよねわはははは!

入る部活はもちろん様々ありますけれど、どれも正直入りたくなくて出来るだけ早く帰れるところがいいなあと思って真剣に検討しました。

同じクラスの女の子に同じ部活に入らないかとお誘いがありました。私は当時から女の子のいうことは基本きいていたので、すぐさまイエッサーでございますとそこに入部しました。

バドミントン部でした。

運動部なので能力的にかなり厳しいとは思ったのですが、何とか大丈夫だと思って入部してしまいました。想像していたよりずっと激しいスポーツでした。

最初は基礎体力作りのためマラソンとかシャトルランがひたすらに課されました。

恥ずかしながら私はかなりの虚弱体質で小学校も半分くらい車で通学していたのです。

だから最初はすっごくへろへろになって、家につくとごはんも食べずに眠っていました。らくちんのんびりを愛する私はすぐにやめたくなったのですが、母が意外にも運動部に入ったことをすごく喜んでくれたのです。

まだ基礎練しかさせてもらえないのに、私にはもったいない良いラケットを買ってきてくれました。これはやめるとは言えないなあと思い、なんとか毎日走って走って走っていましたところ、三キロくらいなら走っても辛いと思わなくなっていきました。

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ちょっとはやいタイムでランニングを終えた時、なんともいえない嬉しさがありました。私は本当に運動能力が低く、ついには跳び箱を飛べるようにならなかった程なのですが、その後高校でもただ走るだけなら少し早いほうになれたので、これはこの時のお陰だと思っています!!

しかし入部一ヶ月くらいで、私の生活は様子を変えて行きます。

突然の変調

ある日シャトルランのとき、頭に何か当たりました。

ん?と思ったけど本当にバテてない限り止まってはいけないので続けていると今度は頬にあたりました。びっくりしたのですが、それはバドミントンの羽根でした。

???と思って男子のコートの方をみると、男子はただひたすら練習をしています。

その後、シャトルランが終わって次のグループと場所を交代していると二年の先輩が一人やってきて「ちゃんと羽根片付けてといてくれる?」と言いました。

その人のことはゆっけ先輩とします。ユッケが好きな人だったので・・・。

茶色の髪を高校生みたいに巻いてから学校にくる、女子力の高い人でした。

ユッケ先輩が投げ入れたんだなと思って驚いてしまって、すごくドキドキしました。

その日から、私が何かをするたびに羽根をぶつけられたり、悪口をいわれるようになりました。それは一年の間にも広まって、私と話さなくなる人や先輩と一緒に笑う人もいましたが殆どの人が普通に心配してくれました。

私は何で急にこうなったのかピンとこないままだったのですが、あまりにも空気が読めていなかったり人と話すときのお作法が何かなっていなかったのだと思いました。

中学生のときの私はとにかくひっそりしていたいというか、目立つのが必要以上に恥ずかしい性格でした。

ゆっけ先輩の攻撃は精神侵食力がすさまじく、中学生の自尊心など風の前の塵に同じです。

大声でバカにされたりするとなんだか他の人にも注目されるような気がしてこわばってしまい、私の背中はだんだんビクついてまるまるようになってしまいました。

その様子を真似されて、キモーイ!ダンゴ虫やろう!と笑われたりするようになって、いよいよ私の心もぐらぐらしてきました。

顧問の先生が来るときはされないのですが、忙しい人であまり部活に来ませんでした。なので殆ど私のいじりフリータイムみたいになるのがちょっときつかったです。

ゆっけ先輩は二年生の中で目立つ方だったので、部長や他の人も加担しないものの止めにくい空気がありました。ランニングしてるときは向こうも走っているのでそういうこともなく、走ることは部活の間で唯一楽しい時間となりました。

その時の心境

私はバドミントンで天下を取りたい!これも修行のうち・・・などとは微塵も考えていなかったので、早々に逃げる計画をたてはじめました。私のステ振りはかなりとんずら力に振られているのでそれはスピーディに逃げ道を作成しはじめます。

そしてPC部がほぼ帰宅部状態であるという情報をつかみ、適当な所で転部しようと明るい脱出計画をたてていました。しかし、母からもらったラケットや風邪を前よりはひきにくくなっていると私の成長を喜ぶママンの姿を見ると、もう少し頑張らないと男らしくないというか、いや男子ではないのですが精神的な問題で、これは誇りのない行動ではないのかなというようなことを考えてしまいました。

ただ私もさすがにかっこつけ最盛期である中学生ですので、公衆の面前で欠点を叫ばれる生活は精神的にかなり負担です。辛いけど、お母さんの気持ちも大切にしたい。

どうしたものかどうしたものかと考えて、当時ノートに時計の絵を描きました。

 

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中学生活は友達いないながら特に問題がないので、24時間のうち部活に行っている三時間くらいのみが辛い時間です。一日の八分の一ですね。

私はこの時間の苦痛の分、どこかでらくをしたり面白いことをしようみたいなことを決めました。そして自分を保ちつつなんとか最初の大会までは出て、とにかく一回は公式戦でラケットを使おうと決めました。

そんなこんなで三ヶ月がたち最初の大会が終わって、前よりはPC部に移動しやすくなりました。その時とりあえず下見にいったんですが、PC部はパラダイスでした。

誰も口きいてなくて、皆ネット見てました。半分は寝ていました。

私はすごく「これだ(確信)!!」と思い、その日も昭和の漫画さながらに羽根やらテニスボールやらをばこんばこんぶつけられましたがちょっと、いやかなり気がラクでした。

ゆっけ先輩さようなら!わははは!とか思っていました。顔に出てたと思います。

あんた何平気な顔してんの?と二倍くらいやられました。

何でも顔にでるのも考えものですわはは・・・。

 

あんちゃん

ここで少しお話が変わるのですが、私には小学校の頃、あんちゃんという女性の知り合いがいました。あんずという字がお名前に入っているのであんちゃんですね。

1つ年上の女性なのですが同じ町内に住んでいたので、子供系の催しで何度か一緒に遊びました。あんちゃんはすっごくかわいくって、喋り方も優しくてトロンとした感じなんです。私に限らず、同性でもちょっと照れてしまうような可愛い人です。

あんちゃんは私のことをドラちゃんと呼んでいました。出会いからそうでした。

(ドラ猫なのか、国民的青猫なのか、他の理由なのか、由来は不明です・・・)

小学校低学年の頃、区の子供の体験学習とかで近所の子供が集まったことがありました。

私は緊張のあまりバケツをひっくり返してしまったり、他にも失敗をしてワタワタしている時にあんちゃんがささっと傍に来てくれて、こっちで一緒にやろうねと言ってくれて仲間にいれてくれました。それが最初でした。

どうしてこんなに優しいのかなと思うほど優しくて、私は自分なんかが話していいのかなとよく思っていました。あんちゃんは同じ中学に進学していて、入学してすぐにお手洗いで会いました。

先輩なので気安く話しかけてはいけないと思って下を向いて謹んでペコペコしていたところ、なんとぎゅーっと抱きしめてくれました。「わあ!ドラちゃん!久しぶりだね!」と。(小学校も一緒だったので一年ぶりです)

緊張して全然喋れなかったのですが、いい人だなあとじーんとしました。

相変わらずぽわーんとしたかわいい人で、終始ニコニコしていました。

それからたまに廊下で会うと天使のスマイルで手を振ってくれました。

その頃は結構がんばって部活に行っていたので、私みたいな人間にも気さくに接してくれる優しい人にたくさんたくさん心をらくにしてもらいました。

だからやり過ごすことができたのかもしれません。

先輩に言われてる分、心配してくれる同級生とかもいてありがたかったです。

突然の幕引き

そうこうしているうちに秋になりました。三年生が部活から去ったあと、ゆっけ先輩の方針が変わりました。男子部のコートにいって、男子に何か渡してこいとか好きなフリをしろと言われるようになったのです。私はかたくなに拒否をしていたのですが、これはこのままエスカレートするだろうなと思い今こそ引越しの時だと決心しました。

ダブルスを組んでいた子にとっても申し訳なかったのですが、事情を話して次の日は部活を休みました。

実はゆっけ先輩に、見直してもらえるように努力をしていた部分があったのでそれはちょっと残念だなあと思いました。届かなかったなあと。

それは私に至らないところがあったのだと今も思っています。

そして部活を休んで数日、ゆっけ先輩がクラスまで私を探しに来ました。

私は委員会でたまたまその時教室にいなかったので事なきを得ましたが、やばい!私が辞めようとしていることがばれたかもと思い相当焦りました。

その後は授業そっちのけで校内の見取り図をノートに作成し、ゆっけ先輩とエンカウントしないルートを作成しました(楽しかったです)

放課後になりドキドキしながら、そーっと靴を履いて帰ろうとしていると、ゆっけ先輩が突然現れました。

一年の靴の所で待っていたのです。心境としては叫びたくなるほどビックリしました。

むしろ叫ばなかったことを叫ばなかったで賞みたいに表彰するレベルで我慢しました。

どうしようどうしようと思っていたのもつかのま、とんでもないことが起こります。

ゆっけ先輩が私の足元に手をついて転がったのです・・・。

 

 

とっても長くなってしまったので、後編はまた次回書きます!皆さんも今でもふと思い出してしまう学生時代のお話があればぜひお聞かせくださいね!

それではまたお便りいたします!

円野まど 

 

追伸

 

私の人生で印象に残っている話を書いてるのですが、優しい皆様が心を痛めてしまったらどうしようと思いはじめました。前回お父さんの記事を書いたときも、私が辛かったのではないかと心配してメッセージをくださる方がいました(本当にありがとうございました)

なのでこれは全然終わったことで今のわたしがどれくらいバカなのかちゃんと記しておきます。

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にかいめのつよいぞ~はささやくように!

こんなかんじで元気です!逆にうざく思わないでくださいね・・・アハハ・・・できれば好きでいてくださいその・・・(もみ手)あのいつもありがとうございます!

 

元の歌のリンクを貼っておきますね・・・

 

 

 ※予約投稿になります お返事が前後していたら申し訳ありません

 

 後編2017/03/04 投稿しました!



 

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