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こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

私にママ友がいらない事は11歳の時から決まっていた(後編)

〒みなさま

 

前回の

ma-corpus.hatenablog.com

 

    の記事の続きです!!

 

ママ友がいらないと思うきっかけとなったエピソードの前半として、子供の頃の思い出を書きました。隣の家の幼馴染A君と、幼稚園・小学校と進学していき少しずつ自分をとりまく人間関係が複雑になっていくのを感じていた頃のお話です!

それでは続きを書きます!

 

 

小学校高学年になる

あっという間に私も高学年になり、その頃もう一度A君と同じクラスになりました。もうさすがに毎日遊ぶという関係ではなかったのですが、家の前でバッタリ会えば話しますし、子供の頃一緒に拾った猫をA君の家で飼っていたので時々その子に会いにいきました。X君(前回の記事に出てきた人です)がよく来ていて、三人でA君の家でゲームをしたり雑談したりしました。

おばさんがよく、私達にカルピスを飲ませてくれたのですが、三人をキッチンに呼んで「みんなの好きな濃さにしてごらん」と私達にさせてくれることが、なんだか同じ目線に立ってくれているようで嬉しかったです。そうはいってもよそ様のお家のもの、ということで遠慮して薄くしたりするとおばさんが原液ばりに濃くしてきますので、みんな正直に自分の好み分注いでいました。

X君もそんなおばさんが大好きでした。

どなたかの家でご馳走になるようなことがあれば必ず報告するように言われていたので、私の母はよくA君のお母さんに電話をしていました。そのお母さんの様子を見て、電話のときこうやってお礼をいうんだなとか色々まねをして覚えたりしていました。それをまわりが喜んでくれたので、私も得意になって続けたりしていました。

その時期もA君ならイジってもいいという空気はあり、からかいは続いていましたが、彼はそれで思い悩むというか縮こまることも卑屈になることもなく、ただやり過ごしていました。からかわれても気にせず彼と帰ったし、すごく親しい友達はいませんでしたがクラスの女の子とも問題なく話せていたので、その頃私は一番緊張のない時期だったかもしれません。

 

母が突然私に告げる

ある日母が真っ赤な顔して帰ってきました。足音の様子から、怒っていることがすごく伝わります。私は思い当たる節も無かったので、驚きました。階段を降りて母の元へいくと、母はキッチンのテーブルに座って口元を押さえていました。何かをガマンしているときに母はそういう仕草をします。子供なので、母親のそういう感情があらわになった姿というのにはちょっと動揺があります。なので私は呆然とただ立っていました。そうしたら母が手招きをして、私をそばに座らせました。

「ねえまどちゃん。私B君とC君のママとお友達をやめてもいいかしら?」

それは真剣な声でした。いつも私に「今夜何が食べたい?」とか「上手に出来た?」と聞くような優しい口調ではなく、大人同士で話をするような声でした。

私はその時、理由が分からなかったしどうしてそんなことになったのか分からないし、それが私にとって何を意味するのか分からなかったのですが、ただ母がそこまで思いつめている様子にショックを受けました。それに、私に聞いてくれたことで私の中で(しっかりしなくちゃ)という、質問された信頼にこたえたい気持ちが芽生えました。

「全然、そうして。」

だからとにかく、母がしたがっていることを肯定しました。実際、B君とC君のお母さんとはA君のお母さんほど馴染みがなかったし、高学年になって恒例のお食事会と参観日のときくらいしかお会いしていなかったので私には何の支障もありませんでした。なぜそれを母の好きにしないで私に聞いたのかすら分かりませんでした。

皆さんにはお分かりだと思うのですが、母はその「ママ友付き合いを放棄する」ことによって自分の子(私)の学校生活に支障が出ることをずっと心配していたんですね。

低学年のときはともかく、大きくなる過程でもっと早く気づいてお母さんをラクにしてあげたかったです。私は学校でもうまく振舞えず浮いていたり、思わぬ事故にまきこまれたりしやすかったので母は少しでも私をとりまく環境が良くなるように努力をしてくれたのだと思います。あの時に戻れたら、本当にお母さんが困らないようにしたいです。

その母の宣言の後少したってから、B君のお母様から電話がかかってきました。しかし母は体調が悪いと伝えてほしいと、電話にすら出ませんでした。

そうして、季節ごとに行っていた家族同士の食事会はその日を境に無くなりました。

ただA君のお母さんと母とでたまに家の前でお話していることや、何かをおすそわけし合うような交流はずっと続いていきました。

なので、B君とC君のお母さんと私の母の間に何かあって、A君のお母さんはそれでも変わらずにうちの母に接してくれてるんだなと感じ、ますますA君のお母さんに対してありがたい気持ちになりました。子供の頃から私にも優しくしてくれるだけじゃなくて、誰にでも優しいなって尊敬の気持ちすら感じました。

母は、参観日でB君・C君のお母さんにあっても会釈をしてすぐに立ち去るようになりました。その時とても厳しい顔をしていたので、だんだん、子供心に何があったか聞くのが恐くなり、詳細は尋ねませんでした。そして私はそのまま中学に進学します。

 

事件とB君・C君のお母様からの電話

 普段読んでくださっている方はご存知かと思いますが、中学に入っても私は得意の空回りでたくさんの恥をかいて、どんどん浮いていきますが、そこは女子なので暴力的なことはなく、やんわりと距離を置かれている感じで過ごします。

それでも学校で話したり、たまに誰かと一緒に遊ぶくらいの交友関係はあり、自分としては問題なく学校生活を送っている気持ちでした。もう夏休みとかお正月のころくらいしかA君の家にいくことはなくなっていましたが、それでも会えば何も気にせず話をすることが出来ました。わたしは私をよく見せたいとかそういう恥ずかしい気持ちをもって、かっこわるい行動をしたりしていましたが、A君はずっと等身大のまま優しくいい人でした。

ウソみたいに本当にいいひとでした。私は彼が誰かを悪く言ってるのを一度も見たことがありません。中学生になってもお母さんと買い物に行って荷物を持ったりして、冷やかされている様子も見ましたが、彼は気にせず一緒に行っていました。私もそれは冷やかされるようなことではないと思っていたので、A君の行動が随分大人に見えました。

「だって、行きたいんだもん」と笑っていて、彼を冷やかす人よりずっと器が大きく見えました。

中学二年生の後半、A君のお母さんが倒れました。母が何かを父と話していて、病名は私には聞いたことがないものでした。「それって大きな病気?」と心配で聞くと、母は「少しね」と言いました。とても表情が暗く、それが本当に少しなのか不安になりました。おばさんはどんどん痩せていきました。お見舞いに行きたいと思う気持ちと、ご家族以外が行っては迷惑だからと思う気持ちでなんのかんの臆病になってしまい、お見舞いにいけませんでした。

ある時、B君のお母さんから電話がかかってきました。それから間もなくC君のお母さんからもかかってきました。母は小学校の頃と同じように、出ませんでした。どっちのお母さんが仰ったのか忘れてしまったのですが、私が電話口で母が不在であることをお詫びして要件をうかがいましたところ「A君のお母さんのお見舞いに一緒に行きたい」とのことでした。

私はなんだか皆で食事に行ったころのことを思い出して、少しあたたかい気持ちになり母にいそいで伝えました。積年の誤解を越えてみんなが集えるような気がして高揚していました。

「二人とも、A君のお母さんを心配してるみたい。一緒にお見舞いにいきたいんだって!」

グッドニュースを伝えるような気持ちでした。

母はそれを聞いてすぐに「お断りだわ」と厳しく言い放ちました。

 母の身にあの時起こったこと

私の母はとても穏やかな人です。時間があけば紅茶を飲んで花を眺めたり、朝のはじまりや夜の終わりに読書し、どなたのことも呼び捨てにしたり乱暴にあつかったりしません。少なくとも、私の前ではそういう人でした。逆にそういう人なので、自分が悪いことをして叱られるときはものすごい重みを感じました。それも叱るとき言葉を荒げるのではなく「お話があります」から切り出されるので心の圧がすごかったです。

 その母が興奮を抑えるように、とげとげしい声を何とか落ち着かせながら「あの二人が何をしていたかあなたは知らなかったものね」と言いました。

そして小学校のころ「ねえまどちゃん。私B君とC君のママとお友達をやめてもいいかしら?」と言った日のことを話し始めました。

(この話の内容については、子供に言うべきではないというご意見もあるかもしれませんが、私は話して母が少しでもラクになってくれたならそれが嬉しいですし、私は知って良かったと思っていますのでそこはどうか母についてご理解いたければうれしいです。)

お友達をやめてもいいか、と聞いてきた日。私は参観日でした。

親は学校に残って、先生とお話をするので子供は先に帰っていました。私もあまり記憶にありませんがとにかく先に帰って、遊んだりしていたと思います。

学校で話し合いをしたあと、親しい人たちでカフェにいくことになっていたようです。

A君のお母さんはそのとき働いていたので、カフェにはいかずそのまま仕事に行きました。そしてお茶にはB君、C君のお母様とあの時A君をいじめていた首謀者の一人の男の子、D君のお母さんと私の母がいくことになりました。

普通に子供や学校の話をしている時、母はB君とC君のお母さんにこう切り出されたそうです。

「ねえ、まどちゃんのママ。よく笑わないでいられるよね。」

「ほんとほんと、まどちゃんのママは忍耐強いよ~!!」

と。母が首をかしげていると、B君のお母さんとC君のお母さんが

「だってA君のママって電話に出るとき、ハイじゃなくてヘイッて言わない?ヘイッ

~(Aくんの苗字)です!って言うよね。おかしくっていつも笑いをこらえるのが大変。」

と言ってきて、母が目を丸くしているとD君のお母さんが関心をもったそうです。

「私も聞いてみたい。あの人の旦那さんって~の仕事してる人でしょ?なんかおかしいよね。いいなー面白そう。私も聞いてみたい。」

そのD君のお母さんに対して呼応するように、B君・C君のお母さんが

「ねえ、今度皆で集まって外から電話かけてみない?まどちゃんのお母さん、A君ママがパートがお休みの日知らない?」

と言ってきたそうです。何度もA君のお母さんのモノマネを交えながら。

A君のお父さんやお家のことをおもしろおかしく噂するような話にもなったそうです。

 

B君たちがA君をばかにするようになったのは、自分の母親からA君の家に関するゴシップを聞いたり、母親の話を聞いてその接しかたを真似をしていたのではないだろうか、とその時母は思ったそうです。

 

そしてなんだか吐きそうになってしまい、体調が急に悪くなったと告げて帰ってきてしまったそうです。お母さんも子供の頃からあまり社交的なほうではなかったけれど、子供が生まれてからは姉や私のために少しでもいろんなことが知りたく、色んな人と仲良くしたいと思ってきた。自分が楽しいことより、少しでも姉や私がよく思われて、幸せに成長してほしかった、でもあの時自分が自分でいられなくなる気がして、やめてしまったの本当にごめんね、貫けなくてと、最初怒っていた母は悲しそうに私に謝りました。

私は驚いて、そして血の気が引く思いをしました。

A君のお母さんほどじゃなくても、B君のお母さんもC君のお母さんも皆やさしい人だと思っていたからです。子供の世界には分別がまだなくて、それ故にからかいやいじめがあっても、大人の世界にはそんなにないのだとどこかで思い込んでいたため、本当にショックでした。

そして、三年生になる冬A君のお母さんは亡くなってしまいました。

この話に関係ないんですけど、本当に本当に素晴らしくて優しい人で、誰かにバカにされることなんて1つもない人でした。誰の悪口も言わず、いつも笑顔で明るくて、愛がいっぱいあって、A君は彼のお母様そっくりでした。私はその時A君のお母さんにしてもらったことを、お母様にもA君にもまだ返せていません。ほんとにほんとうに、素敵な人でした。お葬式、A君は入り口でずっとありがとうございましたとお礼を皆にいっていて、一回も泣きませんでした。ずっと立派でした。私はこの話を、悲しがってこうやって話すだけのつまらない人間ですが、彼は本当にそのとき立派でした。

ママ友の意味

この話は多分、どこかで悪いことが重なったとても極端なケースで全ての人にあてはまるわけではないし、きっかけが子供のことであったとしても、良い人間関係が始まり、生涯の友人になれるってこともあると思います。そしてこんな風に悪口大会になったりしなくて、ただ子供を心配しあって情報を共有しあう関係、そういう人と人との結びつきがとても重要なことであることも事実です。

だから全てを否定しようとか、ママ友は悪だ!なんて狼煙をあげたいと思ってるわけではありません。

ただこのことを振り返るとき思うのです。

友達、ならここで意見が言えたと思います。そういう事いうのはやめなよと。

そしてただの情報交換をしあう、お互いに適度な距離感をもった相手なら「こういう人もいるんだな」と「こういうことを考えることもあるんだな」と心の中で一線引けている分、冷静に接することができたと思います。

多分母の中で母親同志の付き合いというのは、

「ママ友」と仲良くしなくてはいけない、したほうが良い、という気持ちから始まったけれど、だんだん「親しみ」を感じてきたからこそ、彼女達と自分の関係がどんどん曖昧になっていたんじゃないかなって思います。それは友達ほどプライベートな感情を共有できるものでもないし、線が引けるほどシビアな関係でもない。

「ママ友」って言葉には、共通点から始まる人間関係という側面はあっても「友達」ではないって自分によく言い聞かせておかないとおかしくなっちゃいそうな、そんな曖昧さがあるって思いました。

友って漢字が入っているからかな。と思います

重ね重ねになりますが、ママ友との間に友情が存在しないと思うわけじゃないですし、良い方もたくさんいると思います。けど「ママ友」っていう友という字が入ったことばの曖昧さに苦しまないように自戒を残しておきたく今日はお手紙いたしました。

ママ友は共通の目的がある知人で、友達じゃないから傷つかなくっていい

たぶん、これが今の私の出した答えです。

もしいつか子供を授かって、それすらもわからないですけど、たとえば子供を授かったとして、それで出会う方がいて、友達になっていただけるならほしいけれど、「ママ友」はいらないなって今は思います。すごく、シビアな目で見ていないとどこかで大きな行き違いをしてしまいそうですごく怖い。

あと、本当に本当におばさんが大好きだったから、このことから何かを学びたいです。

そしてずっと感謝したい。それが何の意味もないことは分かるけど、それでもそうしたいです。

重くて、とりとめのない内容を読んでくださってありがとうございました。

明るいこともたくさん書きますね!!ムハハハ!!

それではまたお便り致します。

 

円野まど