こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

初夢を吉夢に「なかきよ」ご存知でしょうか

 

〒みなさま

 

年末の時期は予定が立て込んでいる上、ちょっと欲張りすぎて体調を崩すことが多いので今年はしっかり手洗いうがいをしています(初級レベルの警戒)

クリスマスもお正月も宗教行事なので、つつしむべき部分や守るべき文化があるのですがそれでもやっぱり楽しいイベントでありますよね

そういえば良い初夢をみるための習わしがありますよね。

今日はお正月をひかえた大晦日にすることについて書いてみたいと思います。

 

私がお正月を迎える前にすること

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*初夢を吉夢にするものたち

 

「なかきよの  とおのねふりの  みなめさめ  なみのりふねの  おとのよきかな」

(長き夜の 遠の睡の 皆目醒 波乗り船の 音の良きかな)

この回文歌がかかれた七福神の宝船の絵を枕の下に置いて、この歌を三度読んで寝ると吉夢が見られ、それでも夢見のよくない場合その紙を水に流し「縁起直し」をするとよい というものが有名ではないでしょうか。船の形に紙を折る、なんてお話もありますよね。

地方によって少しずつお作法が違ったりすることもあると思うのですが、昔からある風習は何事もちょっとした楽しみと祈りが入っていて、とても興味深いですね。

古くは室町時代から形を少しずつ変えて残ってきたようですので、ぜひ当時のお正月に思いを馳せながらよい夢をみてはいかがでしょうか。

また なかきよのは長き夜のほかに「長き世(長寿)」や「永き世」であったり、なみのりふねと「実り」を含めていたり、縁起の良さや多くの意味を含ませて掛けことばで遊んでいる歌ですね。

歌自体にさほどの意味はないので、堅苦しい話ではなく 昔の人にとってのちょっとしたお遊び、イベントのようなものだったのかなと思います(もし詳しい方がいましたら是非教えてくださいね)

一富士、二鷹、三なす も有名ですね。

こちらは富士信仰において、最も古くからある「駒込富士神社」の周辺に鷹匠屋敷(現在の駒込病院)があり、駒込茄子が名産であったため、というのが一般的な説だと思います。(参考・引用出典 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%9D%E5%A4%A2

 

富士は無事であること、鷹は高い茄子は成すというこちらも掛けことばでも縁起をかついでいます。言葉に願いをこめたり、遊んだり、人間はその力の使い方次第で何でも豊かな道具にしてしまうのだなと思います。

今でも受験や勝負の時、カツを揚げて、勝つと掛けたりしますもんね

そういえば伊予かんでいい予感なんていうのもあります・・・(着地点は九割がた食べ物の話)

昔から縁起物とされているからこそ、良い印象が刷りこまれているのか私は富士山って好きです。/^o^\!!/^o^\フッジッサーン フッジッサーン!!

招き猫もすきです、最近色んな富士山グッズが出ていてかわいくてたまらないのですがもうすぐお引越しをするので、それまで大きいものはガマンします・・・。

大人になってしなくなったことは、ずっと大事にできないものや必要のないものを買わなくなってきたことですね・・・。たまにちょっとそのヒモが緩む時はありますけど

ハハハハ!!(反省しています)

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初夢の前に宝船の紙を用意したり、富士山とかを凝視することでさい先のよい夢を見れるかもしれないのですが、やっぱり「そうまでして見たから何なの・・・?」って思う方もいらっしゃると思うんです。

この、先に買収しておいてから試合に臨む感じはなかなかどうしてたまらないところもありますが、この初夢のお話って占い的側面以上に、お正月だからできれば楽しいことや気持ちを高揚させることになるように、というちょっとしたお遊びの部分もあると思うんです。

新年の最初ですからね、大吉入りのおみくじばかりなように、皆でよい新年のスタートにしようねってそんな善意ではじまったのかもしれないと感じると、すこしだけ人間が作った文化に愛しさが生まれます。

*私の風習

最後に、私、円野まどの風習も書いておこうと思います。

しかも風習の名をつけておきながらはじめたのは最近です(詐欺の領域)

よい新年を迎えてどんな初夢をみてもポジティブな気持ちになるために、

執着を1つ、新しい年になる前に捨てておくこと

です、

今許せないこととか、・・・ないですけど

今怒ってることとか、・・・ないですけど

待って!!ページを変えないで!(土下座)ごめんなさいごめんなさい

今、つまんないことにこだわってることの中からその執着を1つ捨てようと思います。

嫌いだとか怖いとか、いやだとか悪い感情の中には自分がつかんで離そうとしないものでもあると思うんです。(真剣にそこから抜け出そうとして苦しんでいる人に、それがたいしたことないんだよっていう話ではないですよ!)

分かりやすい例だと、忘れられない人がいて苦しいとかだったら苦しまない方向は明るく忘れないか、忘れてしまうかのどっちかだと思うんですよね。複雑であることの苦しみを執着といってしまうのは乱暴だけど、苦しんでいるのは自分が選んだ道である以上その解放も自分がするものなんだなって思う時があります(例外や、そうできないひとに対する批難の意味はないですよ!あくまで私に課してることです)

私は昔、スカートをはくことが怖かったんです、周囲にぶりっこだと思われるのが怖かったし、中性的であってほしいと願ってる一部の人の期待を裏切りたくなくて。

でもあるとき、自分で勝手につくりあげた自分像に勝手に添って行動してることに気づきました。嫌われたくないのは自分で、考えずにそれに執着してがんじがらめにしてるのも自分だなって。

よくわからない呪いから自分を解くことにしてスカートをはいたとき、すごく気持ちが軽くなってすいすい歩けました。

嫌われるのが怖くてずっと変わらないことを選び続けていたのは自分だって気づいたから、そのしがらみを捨てました。

うまくいえないけど、歩いていく上で重りにしかならない執着を年末に1つでいいからすっぱり捨ててしまうことで、そして新しい年からまるでそんな呪いははじめからなかったかのように振り返らずに新しい自分になることが一番、夢見というか素敵なスタートがきれるかもなんて考えました。

と、ここまで書いて、これはあくまで私がすることで

読んでいる方はあたたかくておいしくって、そして愛されてるって思う新年をただただ迎えてほしいなって思いました。ただ幸せでいてください・・・これが愛・・・!!

私の好きとかってウソだって言われたことがあるんですけど、ウソじゃないんですよ。自分のためでもあるんです。だってきらいなものが増えていくより、すきなものが増えていくほうが楽しいじゃないですか。

ただそれだけじゃなくって、誰かと話してると本当に思春期みたいになります。

昨日ツイッターですこし会話できたからうれしくて、自転車に乗って町中走りたい気持ちになりました。大人になってこんな様子はばかげてみえるかもしれないし、おおげさにみえるかもしれない、でも本当です。それくらいあんまり、他者と会話をする経験がなくて、本当に毎日新しいうれしいことばかりです。ありがとうございます。

自転車で走り回るかわりに新宿中歩いてきました。

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麹ミルク飲みました。おいしかったです・・・!!

多分お家で甘酒と牛乳を1:3位の割合にしてシナモンをふれば大体同じ味になると思います/^o^\とってもおいしかったので、甘酒が苦手ではない方はぜひ!!

みなさん気がむいたら初夢おしえてくださいませ

本当に私みたいなものといつも関わってくださってありがとうございます。

悲しむくらいおなかをすかせている方とさびしくなるほど寒い場所にいる方がいませんように。

 

それではまたお便りします!!

円野まど