こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

お姫様の従者と王子になりそこねた私

 

〒みなさま

 

*長い前置き

なんだか急に寒くなって、布団で丸くなって膝と胸をくっつける体勢になってみました。あ、これ落ち着くと思いながら年末は何をしようかなと考えていました。

来年詳しくかけたらいいなと思うのですが、私は思春期ひとりで過ごすことが多すぎて女子らしさみたいのを少し失っています。私は大学に入るまで殆ど女の子の友達がいなくて、少女マンガなどを読んで空想をしていただけなので女の子に憧れがあります。

それを隠れ蓑に何かのキャラ設定やワガママを働きたいというわけではないのです。

自分がよく考え方が男っぽいと言われることがあっても、男の人に襲われれば泣くと思います。

だからそういう自分の性に対して自然ではない、という認識の方向ではなくて、自分の存在としての女性は理解してるのだけど感覚がちょっとズレることがあるのです。私は多重人格ではないのですが、それは臆病で弱気な自分のふだんとは違う自分で、勉強をしたりものを考えるときの頭の使い方をするときよくそういう感じになります。

現実に接する女の子に対して守ってあげたいと思う事があったり、自分より繊細できれいに感じ、基本の要望を聞くことが当たり前に感じることもたくさんあります。そして多分、異性のように女の子のかわいさに気づくことがあります(それは性愛ではないです)

例えば、気持ちが儘ならなくて怒ってるときとか不安なんだなあ支えてあげたいって感じます。そういう場面で同じように怒り返して喧嘩に発展することはないです。逆にいつも笑ったり、葛藤のない態度でいる人のことも本当は悲しんだり頑張りすぎてないか心配になったりします。

外国人の男性が女性とデートの時のエスコートするときの感覚に近いかもしれないです。その立ち居地に自分を置くのが自然に感じる。

もしかしたらコメントなどをさせていただいてる方は感じた事があるかもしれないです。

時々私は、そういう、男でも女でもないような感覚になるときがあります。

誤解を避けるために細かく言及すると、小さいときに男の子のように育てられた時期があったことや、それはまだ未解決の感情がある部分なのでよく考えたりしたらまた何かを勘違いしてるのかもしれないです、今度よく考えて見ますね。

小学生の時、実験室にある硝子の温度計を割ってしまった女の子がいて、どうしようと泣いていました。先生が私達からみて厳しく怖い人だったのです。私はその時その子と親しくなかったけれどクラスメイトなのでどういう子かは分かっていました。

とても女の子らしい子で、その時も本当に震えていたのを覚えています。

私は自分の足でもう一度温度計を踏んで砕いたあと、私がやったことにするよと言いました。

その時はいつもの好かれたい!!という下心ではなく(私は恥ずかしい人間なので何かになりきるような振る舞いをしたり、あまりに好かれたくてあれこれ女の子を褒めそやすような痛々しいところのある子でした)

なんだかそうすべきなような気がしたのです。その女の子は世界の終わりみたいに泣いてるし、私も怒られるのが怖くないわけじゃないけど何となく思いました、「夕ご飯を食べる頃にはとっくに終ったことになってるんだから」って。

何となく、その子を守らないといけないような気がしました。

そういう感覚になることが、たまにありました。

正直に告白するのは惨めなほど、いつもは人に好かれようとあれこれ正解しない計算をしているのですがたまに頭がすっきりとして、なすべきことをしたいと感じることがありました。自我の境界も分からなくて、闇雲なころでした。

先生は廊下の柱の見えない影で思い切り私を平手打ちしました、けど何故か偶然その日の夜私のすきなものが夕飯で、なんだか人生ってうまくできてるって感じたのを覚えています。そしてクラスメイトは私に引いていました、何かが怖かったみたいで非難はされなかったけど、その後多くの人が私を避けていました。また空回りした話です(笑)その子が怒られなかったという自分の目的は遂げたので、それで大丈夫だとは思いつつ・・・

振り返れば他にもっとスマートな方法があったでしょうに、私はちょっとばかでそれしか思いつかなかったんですよね。後から親しくなった人にその話をしてて、どうやったらその子も自分も無傷でいられたかという話をして、タイムリープしまくって解決しようみたいな話でもりあがって笑いました。タイムリープして温度計が割れない未来を!!!

ここだけ見ると、男子っぽいって思うかもしれないんですけど男の子に対してもいつも男の子ばかり強くいなくちゃいけなくって、大変なんだなあって思う時があります。

お母さんに、「男性に対して家や身内の時に何を言ってもどう振舞ってもよいけれど、外で絶対に誇りを傷つけてはいけない。」

とよくよく言われてきたのもそうですけど、男の人の苦しんでるところを見る機会が何度かあって、私はなんとなくすべてのひとが困ったり悲しんだりするんだなってことを時々思うんです。

にぎやかな人間関係ではないぶん、誰かの感情にふと、過敏になることがあります。そんな気持ちを育てる中で、ちょっといいことがあります。

私は人の良いところを見つけるとうれしくなります。

その時が光って感じるというか。

こういうことばっかりあったらぜったいずっとみんな幸せになれるんじゃないかな?ってことをたまに考えて、そうなるのってどうしたらいいのかなって考えてはすごく幸せな気持ちになってまもなくぐっすり寝ています(話が進んでいない)学生時代ずっとプロボッチであることに磨きをかけてきたのと、耳がすごくよいことから、色んな場面に遭遇します。その中で優しい話や面白い話、誰かが笑ってくれるようなことがあったらたくさん話したいです。

 

*お姫様の話

そうだ、この前すごくかわいいひとがいたからお伝えしますね。

でんきゅうとローソンに向かっている時、お店の少し手前で彼が急に走り出しました。そしてドアを開けたのです。

そこにはおそらく80歳は越えていらっしゃるんじゃないかな、と思うご婦人がいたました。そのご婦人は背中がまあるくなっていて、大きな鞄を背負うように持ってすこしフラフラしながら歩いていらっしゃいました。その方がローソンを出る時、ドアを開けるのが難しいだろうと(自動ドアではなかったので)いち早く走ったでんきゅうに対して自然に笑顔がでる、という話になるところだったのですが彼と同時に走り出した人がなんと他に3~4人もいたのです!

一人がドアを開けて、一人がゆっくり進むご婦人が階段を降りるために手を支えて、他の人がそれを大丈夫かなって見守ってたんです。よろけてもいいように、階段の脇で待機していたのです。

その光景を階段の下でニヤニヤしながら見ていた私はちょうど階段を降りたご婦人と目が合いました。道を譲ろうとする私に対してその人は素敵な笑顔でいいました。

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「あのね なんだかみなさん 優しくって 

わたし おひめ様になれたみたいで うれしいわ」

 

ぱーっと明るい笑顔、本当にうれしそうで、ハグしてもいいですか!ってくらいかわいい笑顔でした。

うん、今並んだ人はあなたのために駆けつけた従者で、あなたは今おひめ様でした。

その笑顔が見れるだけで頑張れそうです。というような言葉を浮かべながら、私は、なんだか、やさしさ補給タンクにだいぶ注いでもらいました。

 

ちょっとくさくさするというか、悩むというか、イヤだなって感じることがあったんですけどなんかそういうの見てたら大丈夫って思いました。帰ったらはてブのコメント見て前転する直前みたいな体勢で泣きそうになるのをこらえました。やさしさに救われることってたくさんある。

生きるの好き、大好き。大丈夫。

 

何歳になっても女の子はかわいいし、男の子も大人になっても泣いてもいいと思う。

大事なことは1つだけ。

自分の本当に望んでることを見失わないで。

そんなことを思いながら、ペットボトルのあたたかいお茶を買いました。

誰かに褒められなくてもやさしくできるひとは、ほんとにすてきだなって思います。

話したいことがたくさんあります、聞かせてほしいこともたくさんあります。

だからまたお便りします。

円野まど