こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

サンタクロースを信じてるなんて「計算しすぎ」と言われた日

みなさま

こんにちは円野まどです

クリスマスが近づいています、私はこの時期が一番すきです。

だから最も近づくとき最も終わりがよく見えるというさびしさに今から襲われかけています。でも、今の季節をめいっぱい楽しまなくては!

皆様にとってサンタクロースさんというコカコーラの関係で赤い衣服になったスペシャルなおじいさんはどういう存在ですか?私はこどものころから今までにいたるまでの間に、その人にまつわるさまざまな知識を与えられ、理解してきました。たとえば、聖ニコラウスのことや懲罰的な側面がある時もあったりなど時代によって様々な話があって、そして今日本の一般的なクリスマスやサンタクロースはやっぱり文化や時代にミックスされているとか。

けどそういうことを全部受け止めた上で、私はクリスマスもサンタさんも好きです。

今日はそんな私の心のサンタクロースのお話です。

 

*サンタクロースを信じてるなんて「計算しすぎ」と言われた日

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 *子供の頃のこと

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*クリスマスへの思い 

私がクリスマスやサンタさんを最初に理解した時、好きになりすぎてしまったのかもしれないです。 初恋以上に盲目に、クリスマスそのものを愛しました。

ごちそうも、プレゼントもそうですけど、「クリスマス」が与える物はそれだけではありません。普段厳しそうなお家の子も、クリスマスに何をもらおうか考えていたり、商業施設に飾られたツリーを見て笑顔になったり。街中が楽しそうで、そしていつもは畏まった顔でスーツを着て私にはまだわからない「大人の話」をしてる皆まで嬉しそうに緑と赤のリボンを見つめている。

私にとってクリスマスは誰も勝てない最強の効力をもつ魔法みたいなものでした。

どんなにしかめつらの人も、表情を緩めてこのやさしくてにぎやかな空気に参加しなくちゃいけない、そんなその場の戦況を一気に変えてしまうような存在です。

特に印象に残っているのが、クリスマスに争いで親を失ってしまった子にサンタさんがプレゼントを届けるイベントを取材したテレビを見た時のことです。

それが偽善だとか、その後のその子達の人生にとってはほんの数時間のことだと言う人もいるでしょう。でも、これすっごいことだと思いました。

サンタさんは文化なんです。そしてそれがある限り、パパママだけじゃなくて通りすがりの誰だって子供に愛や希望を渡せる名分になるんです。

クリスマスっていう、慣わしがあるから誰かのサンタさんになるきっかけが出来る。

子供心になんだかそのことにめちゃくちゃ感動しました。

夢のないことを言えば、この世にある色々な行事はやっぱり最初に誰かが何かを意図して始めたことで、やがて商業の色がつく。

実際に神秘的なことはきっと少ないじゃないですか。

でも、サンタクロースは最初にはじめた人から今に続くまで、市場を拡大させたり色々な思惑は入りながらも「やさしい奇跡が起こるかもしれない」という希望をずっと失わなかったんですよね。だから、クリスマスの映画はやさしい偶然ばかり起こるものが多くて。そしてそれが流行る。

人間は浅ましいところのある生き物かもしれないけど、世界中のクリスマスに触れた人々の育て上げたこの行事は、まるで底に眠る善意の塊のようで、なんだかすごく光明を感じてしまいます。

だから私もクリスマス、ってきくだけでいつも口元がにこってなります。

*お母さんのことば

最後に、学校でサンタクロースを信じているなんて計算してると言われた私に、お母さんがなんて言ったのかを書きます。

サンタを信じているなんて、計算だろうと言われた私はその後放課後をすぎてもずっとそのことを考えていました。事実、空飛ぶそりにのった優しい不法侵入おじいさんはきっといない、だから私が言っている事を計算だと思われるのは自然なことだなと思い始めていました。だけど帰って来てお母さんの顔をみたら、なんだか泣きたくなっちゃったんですよね。どうしてかわからないけど。でも、もう中学生だから、こんなことでいちいち泣くわけにいかない。だからそれを飲み込もうとちょっと冷めた口調でこう言いました。

「お母さん、サンタさんはいないっていう言い方が正しいのかもしれないね。」

それを聞いた母は、作っていた料理の手を止めて私を見ました。

おやっという顔をしていたので、わざとヘラヘラと笑いました。

母は私に「何があったのか」とは一切聞かずに、私の目を真っ直ぐみてこう言いました。

「この世に『何かがいない』なんてこと誰にもわからないことじゃない?」

と、真剣にいいました。私がその言葉に返事が出来ずにいると、今度はゆっくりと言い聞かせるように優しく続けます。

「誰かに何も押し付けないなら、誰にも何にも押し付けられない場所があってね。それはまどちゃんの心の中にあるんじゃないかな?まどちゃんはサンタさんのこと信じたい?それとも一度結論を出しておきたい?」

私はその時、絞り出すように「信じたい。」と一言だけ、答えました。

そしてそれは今もまだ、そのままです。

 

 *後書き

何かを信じることは難しいですね。信じることが間違いの可能性もあったりして、目に見えないもの確かめられないものに思いを馳せることはやはり笑われるようなことになるのでしょうか。

そんなことを時々考えます。

自分だったらできるけど、もしいつか自分に子供ができたら「信じてないって友達にはいっちゃっていいよ。」なんてずるい言葉を教えてしまわないか、自分がとる態度に自信がないです。

私はお母さんからいっぱい大切なことを教えてもらいました。それがくじけそうなとき、やめてしまいそうなとき、いろんなときにわたしを守ってくれました。

がんばらないとってわたしはよく言うけれど、すきなものを守る為にがんばりたい。

こんな思い込みがはげしくて、ひとにいやなおもいばかりさせてしまうわたしでも

クリスマスはやさしくいられますように。

みなさんにいいクリスマスになりますように。

心をいっぱいいっぱいこめて。

 

 

 胸がいっぱいです。いつも読んでくれているかたがいましたらありがとうございます、好きです。

私ははずかしい人間です、何をしてもからまわりなことばかりです。

 

でもだれかがきいてくれるって思うだけで、恥をかいても 楽しい事にできる

クリスマスおめでとうございます また、たくさんお便りします!

 

 円野まど