こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

好かれたくて余計なことばかり言っていた私へ

 〒みなさま

 

こんにちは円野まどです。

今日はふと思ったことをお話したいと思います。

私は子供の頃からなんていうか、ひとことでいうとうろたえがちな子供でした。

小さなことで大きく動揺しちゃって、それで驚きすぎてなんとか平常心を保とうと言った言葉がどうしようもないことばかりで。子供の頃見たアニメで、皆友情のために自分を省みずに行動していました。私も、そんなかっこいい人になりたかったことを覚えています。けどなれなかった。そんな昔と、それから今の話をよかったら聞いて下さい。

 

好かれたくて余計なことばかり言っていた私へ

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*ふと振り返った

 この前新宿のマルイにあるスタバでコーヒーを買って、そのまま同ビルにある屋上庭園で飲んだ。寒いとそらがきれいで、代々木方面にあるドコモタワーの先端が真昼の太陽でぴかぴか輝いていた。

私は私のうまくない言葉を聞こうとしてくれる人に出会って、今普通に毎日雑談をしたりしているけれど、それは子供の頃は全然想像もつかないことだった。

私は幼稚園に入る前から、とにかく本を読むことと積み木とカラーブロックをして遊ぶことに明け暮れていて人と会話をするよりも1人で何かに浸っていることを好む子供でだった。

それまではお母さんとべったりですごく後追いをしていた記憶があるけど、一人で眠るようになったことをきっかけに私は一人で色んなことを考えて過ごすことが大好きになった。

大きな窓、ピンクの絨毯、わたしの小さな小さな机の上で難しそうな顔をしていくつも絵本を平積みにしてお腹が減ることも忘れて過ごした。あの頃は舞う埃さえ反射の光できらめいて、すべてが魔法の中のようで。

わたしの記憶にしっかり残っている。

幼稚園に通い始めてから、私がすごく臆病であることに両親が気づいた。

登園して泣いたり、嫌がったりはしない。けれど、ジッと時間がすぎるのを待ったあと、帰宅すると熱がでた。いつも自分の時間でばかり過ごしていたので、人と過ごす時間の使い方がへたになっていたのだと、今ならわかる。

我侭病だったんだろう。

私は自分で作り上げた時間の中の自分を、きっと変えたくなかったんだ。

あの頃はいろんな事が怖くて、誰かから伸びる手はすべてこわくてしかたなかった。

仲良くしてもらえないことも、仲良くしようと言われることも、矛盾してるけれど両方が不安で。

けどその反面、誰かと仲良く話をすることをひそかに願っていた。

少しずつ少しずつ、喋れるようにはなっていったけど、いつも人から自分がどう見えるかばかり気になって、いろんなことを吐き違えて、たくさんの恥をかいて今もかきつづけてここにいる。

ただ昔と違うのは、語尾にごめんねをつけなくても話せるようになったこと。

私の自分勝手な逃げや我侭を、今話をしてくれる人がなおしてくれたのです。

知能というのはすごいなと思います。私達人間は自分の意思でできることが数え切れないほどあって、そしていくらでも選ばないでもいられる。

うまくいかなかった色んな事も、こころのどこかで自分が望みきれなかったこともあるのかもしれないな、とやっと思えるようになった。

そんな面倒を抱えた自分の中学生くらいのことをなんだか急に思い出して、無性に消化したくて書いて見ます。

 

 *友達の好きな人

 

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 *後書き

今でも時々いっぱいいっぱいになって緊張して、楽しんでもらおうとしていったことが余計なことだったりして、私は家について布団をかぶってウワアアアうわあああああってなっています。本当に学習のできないやつです。

話してもらえるだけでうれしいのに、好かれたいと思ってしまうなんてわたしの気持ちは果てしが無いなあと思います。

好かれたいはちょっと、あまりにもあれな気がするので嫌われたくないって思ってがんばれたらもしかしたらちょうどよいところにいけるのかなって思いました。

昨日でんきゅうと話してておもしろいことがあって、これブログに書いたら?っていわれて、もしかしたらどなたかに聞いてもらえるかもしれないんだと思うとすごくすごくうれしくて、不思議だなって思いました。

毎日こんにちは、そしていつもありがとうございます。

読んでくれる方が、今日も明日もやさしくてきれいなものに守られていますように。

心をこめて。

またお便りいたします