こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

親に愛されない人生があるとしたら

 〒みなさま

おはようございます!

今日はスマホから出先にて更新しているので、夜帰宅後誤字脱字読みにくい箇所などあればなおせたらと思います!みなさまのところにもそのときにおじゃまします。コメントとかいそがしいときはホントに無視でいいですからね、なんか最近調子にのってコメントかいたりしてるけど返信大変だったらどうしようとかかんがえて一人もんもんとしています。

ばかでもうしわけないです。

今日は愛のおはなしです。

(すごい宗教の勧誘ぽい開始)

 

親に愛されない人生があるとしたら

*でんきゅうの話(漫画)

 

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 *家族という定義

私が子供の頃親戚からよく言われた言葉があります。

血は水よりも濃く、血の繋がりだけは言葉を越えて信用に足りる

特に私は人を信じやすいので親族以外には気を付けるよう言われてきました。

私は最後は血のつながり、という言葉を覚えてはいたし、家族が嫌いどころかこんな私を大切に育ててくれていたし、大好きだけれど、その言葉に本当にかすかな疑問を抱きながら大きくなりました。

何かを見落としてる気がして。

このブログをはじめたとき、血の繋がらない家族のことも書きますと言いました。それがしゃんとでんきゅうなんですが、うーん、ここからはもしかしたら不快になる方がいらっしゃるかもしれないので、不快に感じたら今回は全然中断してください。

私は家族に、特に親が子を思う気持ちに特別な強さを感じています。特に私は母親はこの世で一番強いんじゃないかなって思うときすらあります。

ただ、同時に血が繋がってるという条件だけでその愛が強いと思わない自分がいます。もちろんそれが理由の時があることも全然素敵なことだと思っていますよ☆

ちょっと、言い表すのが難しいんですけど母性愛というか母親が子供を思うような気持ちが強い、と感じています。

それは父親がまるで母親のように包み込むように子どもを愛する気持ちも同じです。

そして、血の繋がりがなくても、もしも包み込むように相手を思えたらその気持ちは強いって思います。血の繋がりがある方が自然と無欲に相手を思えることが多いと思うのですが、血が繋がらなくてもできないわけではないと思っています。

誤解がないように書いておきますと、私はすべてのお母様たちを尊敬していますし、母親と言う存在を絶対に軽視していません。そして私がまだ出産をしたことがないので理解の及ばない部分があるというわきまえもきちんと持ちたいと思います。そして出産することがあればその時にもこの気持ちに触れたいです。

何て言えばいいのかわからないけど、結局愛が一番強くて、自分の先入観を捨てればそれがもてるような、そんな気持ちになるときがあります。

ボロボロの子猫が誰かに蹴られていたら何も考えずにやめてと飛び出せると思うんです。誰かを庇護したいと思う気持ちに理由や定義はほんとはないのかなって、時々考えるんです。愛は生まれるもの。自分の中で育むものというか。

だってそう考えないと、虐待がおきたとき、その方がお父様やお母様に愛されなかったことに説明がつかないんです。

その人が得られなかった気持ちや生まれた寂しさは世界のどこかで回り回って届くような世界じゃないと、人間に生まれた意味がないような気がするんです

あっ。私は特定の宗教とかしてないですよ(笑)クリスマスしてお正月する日本人です、、、ただちょっと、友だちがいないっていうか、、ウフフ、アハハ、、、

お父さんやお母さんが自分を見てくれなかったら、自分は見られる価値がないという気持ちが根底に生まれるひとがいます。

でも、わたしこれは断言します

そんなことない。絶対ないです。

そういう方がもし読んでくださってたらあなたは価値があります。絶対にあります。

だってこんなにたくさん人がいるんです。私たちは知能があり、他人を理解しようと試みることができます。体に高い温度を有し、触れることで他人にその温度をうつすことができます。多くの人が言葉を持ち、それは自分以外の他者と疎通するために生まれました。

それらを使用することで生まれる可能性は挙げきることができないくらいで、だからそれを誰かに試さずに、誰かに試されずに愛されないなんて思うこと絶対にないんです。

うまくいえないから、誤解されそうなことばでかきます。

親があなたを愛さなくても世界にあなたを愛する人がいます。あなたが、自分で自分をだめにしてしまわなければ。

みたいなことを考えました今日。

わたしはでんきゅうより一応年上なんですけどお母さんて外で言うには年が近すぎて、母親として認知されるのはさすがに無理な年齢です。

時々年下の男の子に好かれてていいなって言われることがあります。私はいろいろうまくやってるみたいに思われることもあります。でも、その方たちにいろいろな想像をされて嫌われることより、誰かの噂に怯えて誰かの手を離してしまうことのほうが、こわいなって思います。

普通に生きていけたらたぶんいちばん、軋轢が少ないんだろうなっておもいます。だから、できるだけ協調性を養うことは大事だなって日々奇行を省みてはいるのですが、きっと、たぶん、それでも誰かにただ社会で幸せに自己実現してほしいという気持ちは、他人に抱いても良いのですよね。

私は好きな方みんなに、そうあってほしいです。ご自身の才能を開花させ、世の中で誰かに冷たくされることなく身近な人に愛されて生きてほしいと思います。

書き言葉でしか、全然言えないんですけど、、うまくいえないんですけど、愛についてでした。私のうまくいえないはほんとにうまくいえなくてすいません。

わーほんとに突然どうしたのみたいなことかいてすいません、こいつ時々めんどくさいわぁって思ってゆるしてください

今から寝て明日起きたら恥ずかしくて

転がるかもしれませんが今日はどや顔で愛について!!!とか書いて黒歴史を更新しますね。ドゥフフ

 

好きな人だけ見て生きていこうとおもいます。愛する人やものとよい終末を!

それではまたお便りいたします!

 

円野まど