こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

誰かと比べて惨めになったことがある全ての人とこと

〒みなさま

こんにちは円野まどです。今日は日ごろぼやーっと思っているけれどなんだか文章にできないことを書いてみようと思います。

本当はこういうポエムじみたことをかいてしまうのは後から思い出して悶絶!!みたいになるのが分かっているので、描いちゃいけないなあと思うのですけれどかきました。

反省のない日々のせいで私の恥が積み重なります。ウフフ。

私はわたしが情けなくて、恥ずかしくてでも嫌いになりきれないのでブラブラなんとかしています。不幸せになりたいわけではないから、情けなくてもそこに捨てておくわけにはいかないというか転んでもころんでもなんとか拾ってまた立ち上がろうとしています。

私はよく、人に外国人みたいっていわれます。それは好きだとか愛とかを結構普通に言うからです。人に何かをいう時、悪いところを指摘することって多分殆どない、自信ないけど多分ないです(笑)なんか、それはちょっと自分の特技みたいに思います。私はずっと輪に入れなかったから、相手の光ってるところがわかるんです。外から見てるからよくわかるというか。だから友達が少なかった日々もすこしだけ、すこしだけプラスに見ることができます。

なんかわたし~こういうのがわかるんです!って言い切るのもなんか、超能力ありますっていいはるみたいで恥ずかしいけど、うまくいえないけど、簡単なことです。

いいとこの無いひとなんていないから、絶対あるものを見てるだけです。

でも私の目からみてすばらしいのに自己肯定感の強くないひとっているじゃないですか

それはなんでかなって考えたらかけたのと、このブログの絵はもっと緩くてお気楽なことをかきたいのに、最近私が悩んでるのがもろに影響した内容になってしまって、気まずさもひとしおなのですが、そんなこんなでかけたので、もしよかったらよんでみてください。

あっ申し訳ないまたやってしまいましたコマの進行方向は→→です・・・恐縮です

 

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生きていればよく分からないハードルを提示されて「ところでこれ、飛べる?飛べない?」と言われて立場が上に見られたり下に見られたるすることがあります。

そのハードルは本当に得体の知れないものなんですよね。

赤が好きな人がいれば赤が嫌いな人もいる世の中で、統一する価値観をもつことは難しくて皆なんとなくお互いに侵害しあわず文化的に暮らせるルールを定めている。

本当は生き方に関して正解は人それぞれで、正解が似ている人もいるから、そこはすごくぐちゃぐちゃになるけど、でもそれすらも似ているだけで同じじゃない。

けれど、たくさんの人に認められていると安心する人がいて、そうして誰かの目を気にしたりする。

私はすごくそういうわけじゃないけれど、無縁というわけでもないです。こういうこと。

でも結局、何がしたいかを知っていることが本当に大事なんだって思いました。

私の出した結論は、自分と向き合い続けて自分の願いとか、やりたいこととかを見つけるってことです。親に褒められたい人は褒められるように計画たてればいいと思うんですよ、別にそれは全然むなしいことじゃなくてれっきとした自分の望みじゃないですか。誰かにちょっといい暮らしをしてると思われたいとか、才能があると思われたいとかも、思われたいならそうすればいいと思ってるんです。それは恥ずかしいことじゃなくって、本当にしたいのかどうなのかが重要だと思います。

漫画みたいに自然に何かが叶わなくても、努力してかなえたり計画して実行したりすることでも、結果が自分の本当の望みならそれでいいと思うんです。

欲しい服があったとして、自分で買ってむなしいと思うなら多分それは極論欲しい服じゃなかったのかもしれないなって思います。

本当に欲しいのだったら、それを手に入れることが望みであって経緯は非人道的でなければ心に掛かることもないし。

ほんの少しずつほんの少しずつ、本当にしたいことなのかどうか見極める目をもつことを目指したいです。

よく分からないハードルを「飛べないの?」と聞かれた時、飛べなくっても全然気にしないような自分でいたい。飛びたいハードルを飛べないときだけ、悔しがったり立ち向かったりすればいいし、それを飛べた時にきっと私は生きててよかったと思うはずなのだから。

 

他人の目から解き放たれていることは、すこしだけ大切なことです。

あなたが誰にも似ていなくても、きっと私は好きです。

 

またお便りいたします!

 

円野まど