こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

お父さんのこと嫌いじゃないと知ったクリスマスの夜

 〒みなさま

こんにちは円野まどです。 

皆さんは子供の頃クリスマスプレゼントは何が欲しかったですか?

私は幼稚園にサンタさんが来て、超絶人見知りだったので嘔吐した というおそろしい思い出があります・・・。

今日はそんなクリスマスの日のお話です!

 

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*お父さんを嫌いじゃないことを知った クリスマスの夜

私にとってクリスマスは家族と過ごすものです。

友達がいないからという爆死理由もあるのですが、私はクリスマスに家族でケーキを食べるのが好きでした。普段は生活を運営しているように見えるのですけど、こういうイベントがあると両親も楽しそうに見えて、それが嬉しかったんでいつまでも見ていたかったです。

当時はいつもお父さんが怒ってるように見えて怖かったのですが、子供の頃私がほしいといったものがお店になくって、遠くの駅まで探しにいってくれて、買って来てくれたことがあります。

お父さんは郊外に出たとしても、クリスマス当日という性質上買えないかもしれない、買ってくると約束したうえで無かったらガッカリさせてしまうと思ったみたいで ただ遅くなるということだけが子供たちに知らされました。

当たり前ですがお母さんは事情を知っていたみたいで、お食事はお父様が帰ってからにしましょうねということだけ穏やかに諭されました。

私はオッケーマムということで家でテレビをみながら自己陶酔の世界に入って踊ったりしていました(何度記憶を捏造しようとしても昨日のことのように思い出せます・・・)

私のお父さんは本当に厳しい人でした。

子供だから ということは免罪符にならず、むしろ子供という成長期間だから節度と努力をもって他人に迷惑をかけたり、礼儀がない振る舞いをしてはいけない という考え方をする人で本当によく怒っている印象がありました。

 私は本当に、バカな子だったんで 書くのもすごく 手が重いというか いまいましくて情けないんですが お父さんこわいし、いなくなってほしいわけじゃないけど いない日のご飯は緊張しないしらくちんでパーティみたいって その頃思っていたんですね。小さなことが注意の対象にならないか、いつもビクビクしては失敗していました。

タイムマシンがあったら、お父さんが頑張っていたことを今ならちゃんと自分に教えてあげられそうです。

お父さんはその日いつもの夕食時間がかなり過ぎてから、雪まみれになって帰ってきたんですね。その様子だけでも驚くのに普段怖くて厳しいお父さんがドアを開けた瞬間 雪を払いもしないでわたしに駆け寄って

「まど、あったよ!!」

ってだけすごく嬉しそうに言ったんです。

その時のお父さんが子供みたいに顔中で笑っていたのを覚えています。

お父さんの手にリボンのついている箱があったから、私のプレゼントだってことはすぐに理解できたんですけど、その時何故か涙が出てきました。

姿を見るだけで状況は把握できました。

お父さんは私のプレゼントを探し回っていたんだなとか

私が欲しいものを決めるの遅かったから予約が間に合わなかったんだな とか

欲しかったもの買ってもらえたとか

でも、私が泣いたのはそういうことじゃなくって なんていったらいいのかわからないのですけれど、

 

本当はお父さんが帰ってこなくて、いないことがずっと不安だったんです。

 

お父さんのこと怖いとか、怒るのイヤだなって思っていたはずなのに

お父さんが夜遅くってこわくて不安だったんです。

だから私はその時お父さんが笑って駆け寄ってくれたこと、帰ってきてくれたことがうれしくってうれしくってうれしくって、本当にうれしくって

涙がとまりませんでした。

お父さんかえってきたあ!!お父さんかえってきた!!って思って

プレゼントも嬉しかったけど、その時はそれしか考えられませんでした。

いつも強気な姉も、少し涙目になってることに気づきました。

私はめちゃくちゃ食べることが好きで、割と今までの食事について細かく記憶しているのですが(本当に気持ち悪い)

その年どんなもの食べたか思い出せなくって、お父さんがあのときどんな顔で家に飛び込んできたことだけ何度でも思い出してしまいます。

お父さんありがとう。

読んでくださった方ありがとう。

少し早いですけれど、おいしくて良いクリスマスになりますように

またお便りいたします。

 

円野 まど