こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

私が高校に置いてきてしまったもの

 

〒みなさま

こんにちは、円野まどです。

東京は雨です。皆様のところはいかがでしょうか。

私はこのブログをはじめようと思ったのが、8月の暑い時期だったんですけど、その時ものすごい勇気を出しました。今考えると、書き始めても誰も見ない確率のほうがあるのに、なんだかすごくたくさんの人の目の前に飛び出すような気持ちになったことを覚えています。

私はそういう、誰かと接触することに過剰な恐れを抱くところがあります。

それは私の情けないところで、今も人一倍もってしまっているのですが今以上に情けなかった頃の話を今日はしたいと思います。

このお話の中心になるのは、でんきゅうという少年です。

私の弟のような存在です。なんか、血がつながらないけどつながってるみたいな感覚がしっくりきます。血の定義たるやって感じなんですけれど、本当にそういう感じです。

この子は、進学のために東京に引越しをしたのですが、もともとは九州に住んでいました。これは彼がまだ九州にいて、一緒にネットゲームをしていたころの事です。

*私が高校に置いてきてしまったもの

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 *15歳のでんきゅう

でんきゅうと私はもともと知り合いだったのですが、ある時オンライン上で接触することとなります。

気付かず話しているうちに、知り合いであることが発覚するという世界は狭い!という一言では片付けられない身バレと背筋の寒さを経験することになります。

近況を聞いていくうちに、かなり誤魔化していたのですが勉強を全然していないことを知った私はそこから狂ったように「大学進学勧誘マシーン」になりました。

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今思うとなぜあんなことをしたのか良く分からないです。進学したからといって安心なわけではないし、個人の事情があるだろうに何であんなにゴリゴリ「勉強しようぜ!」みたいなキャラになれたのかわかりません。私は大学が好きだったので、なんかこう浮かれていたのかもしれないです。迷惑なやつですいません。

しかし、彼もまた猛者。「勉強しよう!」と誘っているはずが「ネットゲームしよう!」という勧誘返しをしてきたのです。その時軽い気持ちでOKしたのですが、でんきゅうのお友達も一緒にみんなでSkypeをしながらゲームをするということを聞いて、気絶ものの衝撃を受けたことを覚えています。

「みんなでお話をしながらゲームをする。」

そんなことは世界中どこでも行われている、普通のことだと思います。

けれど高校まで友達らしい友達もいない、小さい頃から多くの人と同時に話すと熱を出してしまうとか、色んな理由をつけて避けてきた「集団で遊ぶ」ということが眼前に迫って私はすごく動揺しました。

そんな時、どんな話をしてどんな風に振舞えば言いか、今以上に想像がつかなかったからです。

*ほぼ初めての集団作業

 「最初はチャットだけの参加で、聴くだけでいいからグループ通話しよう。」

とでんきゅうが言いました。私はそれなら、と思うのですがたくさんの人の声が追えるのかめちゃくちゃ緊張しました。それと、自分だけ「喋らない」のは何だか卑怯なことではないかな、と心配になりました。(後で分かったのですがそんな決闘みたいな厳格なルールはなく、何かのタイミングで喋れない人が聴くだけのことはたくさんありました)

ちなみに、聴くだけ聴くのは、ゲームで集団行動を行う際にチャットで行うより早く伝えられるからです。

自分より年下の子もいるし、中学生の子もいるのにかなりビクビクしてなかなか参加できなかったのですが、でんきゅうがいきなり問答無用で通話に追加したのを覚えています。

知らない方と複数でゲームをしながら通話をする。

これは高校で殆どクラスメイトと会話のなかった私には、一回一回の発言を打ち込むだけで心臓が飛び出しそうでした。

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おまけにネットゲームもその時始めてだったので、ミスも連発しました。

話も盛り上げられない上に、集団の足を引っ張っているということが申し訳なさすぎて心は常に土下座運転でした。

私を連れてきてしまったでんきゅうが針のむしろどころか「まどなんか連れてきやがって、八つ裂きにするぞ。」とオルフェウスギリシャ神話のオルペウス)がごとく集中砲火にされないかあの時は不安でした。(思い出したので明日にでも苦労かけたことを謝ろうと思います)

何が一番申し訳ないってゲーム好きは好きだけど、ヘタってところです。

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このとき思ったのはネットのやりとりは年齢があんまり関係ないなあということです。年上の人も年下の人もいたのですが、謝ったり強張ったりする私にとっても自然に接してくれました。

私のような鼻つまみものが更にミスをして、そのせいで負けてしまっても責めるどころか、色んなことを笑い話にしてくれたことを覚えています。

色んな話をしました。恋愛の相談もあったし、おしゃれのことも、学校や仕事のことも、自分の住んでいる街のことも、年齢も立場もばらばらな人たちが相手を尊重して共同作業をしている姿になんだか感動したのを覚えています。

この頃でんきゅうがよく、近所に生肉をくわえている人がいる、というような事を言っていたのですが、皆の話と合わせて、自分ひとりでは知り得ない世界を急速に吸収しているような、そんなわくわくした日々を私は過ごしていました。

*でんきゅうの学校説明会

皆で遊ぶのは楽しくも、不安でもありました。

自分が問題なく振舞えているかなと思って、こわくて参加できない日もありました。

そんな面倒くさいこじらせ方を、大丈夫大丈夫と何度も誘ってくれて(その時の私の情けなさはいまでも恥ずかしいです)ゲームもコツを皆で教えてもらったり、なんだかすこしだけ前進できたかもしれないと思ったある日、でんきゅうからスカイプに個人的なチャットが来ました。 

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「学校の説明会に行ってみようと思ったんだけど、初めて行くところだからちょっと勝手が分からないから、わかる範囲で教えて欲しい。」という感じの話です。

でんきゅうは当時九州にある、のどかな町に住んでいまして、件の説明会は電車で一時間以上もする大きな都市で行われる事となっていました。彼は一人で電車に乗って遠くへ行ったことがなく、同時に今までヤンキー少年だったためにそういう進学の催しに出席した経験がありませんでした。

それに加えて当時彼はスマホではなかったことと、家族に頼れない事情があったので、道に迷った時とか忘れ物をしたりした時など、当日の不測の事態に備えて、PCの前で待機しておく役割を私はこの時仰せつかったのです。

ゲーム中、私のありえないミスをでんきゅうがいつも笑顔でフォローしてくれる。そのことに、申し訳なさの海における申し訳ない魚漁獲量がそろそろトンに達しそうだった私は これでようやく少し恩返しできる と思いました。

自分でも役にたてることがある、それが嬉しくて、進学をさせてくれた両親にとても感謝しました。

*説明会当日 

 当日は無駄におにぎりとお茶を用意して、「THE待機係」といった感じで待っていました。出発時や駅に着いた時、楽しそうに何度も電話が来ました。私も、進学してみたくなったことが嬉しくて、上機嫌で会話に乗り出します。

「あのさあ~今ね A田さんと駅にいて!連れて行ってもらう所!(会場に)着いたらまた電話してもいい?」

でんきゅうがそう言った時、(良かった、一人じゃないんだ)と思ったと同時に(A田さんってどなただろう?)と思いました。

そう言えば前にそんな名前を聞いたような?と考えて、Skypeのチャット履歴をさかのぼるとそこに確かにお名前がありました。A田さんはご近所におすまいのおじいさんで、その頃よく話題にでていた「時々生肉をくわえて歩いている人」でした。人様のことを噂だけで判断するべきではないのですが、その時私は咄嗟に出所不明の悲鳴をあげそうになり、口を押さえました。

 

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 しかしそこから更に追い討ちをかける

「そうだ!夜までに連絡なかったら親か警察に連絡してくれん?」

という言葉がスマホから聴こえてきたのです。

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 そして「じゃ!行ってきまーす!」という元気な声のあと、切る直前のおじいさんに「ダメだよおお」と何かを頼む言葉が続いて、そのまま電話は終わりました。

日ごろのお礼に今日はじゃんじゃん質問に答えちゃうぞ!みたいなちょい浮かれた気持ちでいた私は一瞬で動悸がし始めました。二時間の説明会の後、無事の連絡が来るまで気が気ではなく、ソリティアだけが慰めでした・・・。

でんきゅうは「行方不明になる」ということへのハードルが低いようで、このときものすごく不安でした。私が学校説明会にいけといったばかりに・・・A田さんとでんきゅうが!!みたいな。余談ですがA田さんは立派にでんきゅうを送ってくださるばかりか、説明会の間もずっとついていてくださったようで、感謝が尽きません。いやあA田さん本当にお世話になりました・・・。なんとなく、この日からでんきゅうへの遠慮がなくなり、危ない事は危ないよとはっきり言えるようになりました。

また、でんきゅうも困っている時困っていると言える様になっていきました。

そういう輪はゲームしている仲間内にも広がっていたように思います。

誰かが頼らなければ、誰も頼れないってこういうことなのかな、と今振り返って見て思います。

*高校に置いてきたもの 

もうネットゲームは殆どしてないんですが、一年くらいの期間、いつの間にか固定になっていたメンバーで幾つかのゲームをしました。そこで私は小学校以来初めて「複数人と協力して遊ぶ」ということを経験します。

子供の頃から私は嫌われもので、そうされても仕方のない人間でした。だから人の視界に入らないようにする方法ばかり考えていました。

でも、皆とゲームをしたりするうちに、分かったことがあります。

中学も高校時代も私はうまく自分の気持ちを表現できませんでした。

それだけではなく、相手の表現を受け止めることを疎かにしていました。

話したいことや覚えたことばかり喋りました。話せる価値や魅力のある人間になりたくて、そうすれば人の輪に入れるかなと行った努力はすべて、見当違いのことでした。

私は知りたい という欲求が強いほうで知りたいことを学んでいる時、寝食を限界までとらないことも多いです。

あの頃のノートを見返すと、その時知りたかったことがビッシリで、人間についての記述は芸能人すらありませんでした。それは漫画のキャラクターのように、格好いいことではなくって、私は自己保身が強く、幼く、他者と何かを共有するには、あまりに精神が未熟すぎたのだと思います。誰とも何も一緒に育てられなかった。

だから、会話をしなくてもいいものに逃げた部分があるのだと思います。

その頃、言い訳がましくてずっとしまっておいた言葉があります。

それでも誰かに悪意があったことはなくて、不愉快にさせたいわけじゃなかった

私はそれを 一回も相手に伝えたことはありません。

伝えようとしたこともありません。

一見サンドバッグのように他者からの評価に耐えたのは、多分、自分の本質をさらけ出すのが怖かったのだと思います。

それが恐ろしかったから、そのままにしたのです。

等身大の自分と戦いたくなかったのです。

それから数年後、でんきゅうたちとゲームをすることになって毎日は驚きの連続でした。緊張や失敗や、恥ずかしいことや申し訳ないこともたくさんしてしまいました。

衝突もありました。泣いた日も、笑った日もありました。

けれど、その順調だけではない毎日の中でほんのすこしだけ「相手にわかってもらうためにはどうしたらいいか」を教えてもらった気がします。

その時 過去に開けないまま置いてきてしまった箱を、大人になってからあけることもできるってことを教えてもらいました。

少なくとも、その為の鍵をもらったのです。

人生に降ってくるもの全てが誰かへの手紙のようだと思いました。

誰かのくれたメッセージを見逃したりしませんように。

今かいているこのブログもどなたかに何かをつたえることがもっとうまくなって、わたしがいただいた力を、どなたかにすこしでも渡せたらうれしいなって思いながら頑張ります!

それでは、またお便りいたします。明日もよい一日をお過ごしくださいませ。

 

円野まど