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こちら孤島のまどからお便りしています

円野まどの恥の多い日々の記録

【セクシャルフルイディティ】男性にも女性にもなる人を何性って呼ぶのがいいのかな?

〒 みなさま

 

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こんにちは!円野まどです。

今日はずっと書けなかったことを書こうと思います。

私としゃんの馴れ初めを軸に書くので、人によってはご不快になることがあると思いますので前書きさせていただければと思います(`・ω・´)

私は人と自分の価値観を分けて考えるタイプなのですがそれは時に悪臭のするものを人前で広げるということにもなりかねないですよね。

なので、私の物の考え方はいつも何人にも強制しないことを最初にお伝えできればと思います!

 

 

 

*しゃんのこと

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私・円野まどにはしゃんという同居している男性がいます。

今日は彼の性別と私との関係について話そうと思います。

しゃんとは私が大学在学中にしていたアルバイトで出会いました。

彼は私より後に入ってきたのですが、すぐに大人気になり老若男女問わず好かれていました。私の中の「もてる男性は恐怖の対象」という原則に基づいて話しかけずにいたのですが、以前も記事でも書いたように隣の席になったことをきっかけに「自分とは別世界の人」だったしゃんが「人間関係の師匠」になっていきます。

普段はどちらかというとクールな人ですが、仲良くなって見ると趣味が女性的であることがわかりました。とてもおしゃれな人として有名で、当時それなりに普通だと思っていた私のファッションを「ねえ何でいつもボロキレみたいな服着てるの・・・?」と心配してくれる優しい一面もありました。

私はその頃交際していた人がいたのですが、しゃんと出会ってすぐに別れました。

それは私たちが仲良くなったからではなくて、もともとだめになりそうな所だったのですが噂では「しゃんが盗った」とか「円野が乗り換えた」という話になりました。それも自然なことだと思います。しかし私たちにそういう色気のある話はなくて、関係について説明するのが困難でもありました。

私たちはよく会っていたのですが夜通しお互いの考えを話し合って時間はあっという間でした。私たちはお互いを双子だったんじゃないかと錯覚するほど気が合ったのです。

とはいえ、私たちは男性と女性です。先ほども書いた通り「私にはもともと彼氏がいた」ので、次に仲良くなった男性とも交際が始まると思うのが妥当な想像だと思います。

しかし、中々発展しません。

実は私たちが仲良くなったのには理由があったのです。

 

*二人の共通点

私のような友達がいない暗い人間が、しゃんのような人気者と急に仲良くなったのは二人の本質的に抱えるものが同じだったからです。

私は今まで何人か彼氏がいたのですが、全部「恋をすることがよくわからなくて」別れることになりました。恋愛をしていると恋愛をする自分を演じているような気持ちになってしまうのです。どこか冷静だったり、何かを恐れる自分がいて一緒にいて楽しかったり、好かれることは幸せなのに、どうしてかありのままでいられませんでした。

これを今まで書けなかったのは「中二的な設定に思われたらどうしよう」という気持ちからでした。私の中に多分愛はあるのですが、恋はちょっと憧れの世界のままなのです。(もしかしたら皆そうなのだったらすいません)

しゃんも同じでした。

彼はもっとはっきり自分を認識していて、「彼女がいたら楽しそうに思うけど、自分には恋愛感情がない。」と言うのです。恋愛感情と言うより、女の子のするようなことが趣味(美容やファッションなど)なので、彼女がいたら「話が合いそう」と思っていたそうです。

彼はいわゆる「欲」みたいな部分の優先度がものすごく低く(できないわけでもなく頑張ってしたいわけでもない)、「好きだから」付き合うのではなく「楽しそうだから」付き合うという自分に葛藤があったそうです。

それでも私たちは、同性愛があるかといわれればそうではなく「そういうこと」にものすごい嫌悪感があって絶対だめです、というわけでもない。

ただ男性も女性も美しいと思う。(おそらく美術的な意味で)

その頃私たちはまだ子供だったので「このままでは普通に結婚して普通に子供を育てられない、どうする」という事をよく相談していたのです。

今なら別に好きなように自己責任で生きればいいと思うのに、そのときは「親や社会の人にまっとうな人間だと思われること」を目指して日々たくさん悩んでいました。

そこで話し合って出した一時的な結論は「小学生の時恋愛感情が曖昧だったように、私たちは心の一部分が幼いのではないだろうか」ということでした。

厳密には私たちはまったく同じものを抱えているわけではないのですが、とてもよく似ていることからよく遊んでいました。まわりからは「はやく付き合えばいいのに」と言われていたのですが、お互いになんともいえない気持ちでいました。

*転機

その頃私は一人暮らしをしていたのですが、ある夜中知らない男性に窓やドアを破られそうになる事件がありました。その時の記憶はちょっと曖昧なのですが(焦っていた)とにかく警察を呼び、本当にすぐに来てくれたことを覚えています。

ドアに痕がべったり残されていて、もし警察が来てくださるのが遅れたらと想像して私は心底怖くなりました。

ちょうどその日マンションの前の通りで「数分でいいので僕を見つめていてくれませんか?」と声をかけられたのです。なんとなく、劇団の方かな?と思いました。

着替えてバイトに行かねばいけなかったので、「すいません急がないと。」と頭を下げて家に入りその後バイトへ行って帰宅した夜のことでした。

その方が犯人ではないかもしれないのに、私は押し入ろうとしたのは近所の方なのではと恐怖でいっぱいになりました。でも、両親には頼れないと思いました。私は父がすすめた学校ではない大学に猛反対の末入ったのです。

だから、自分でなんとかしなくてはと思いました。

次の日アルバイトに普通に出てると、いつもより男性が怖く見えました。

この人たちは何の関係もないのに、と思うのに何だか気持ちがそわそわしました。

私はいつまでも自分が性の対象にならないとどこかで思っていたんだなと考えて、理由はわからないのですが吐きそうになりました。

「ただでさえ友達も作れなくて浮いてるのに、こんなんでどうしよう、自分は面倒くさいな、我慢がたりないんだ、みんなしてることができないのは我慢が足りないんだ、どうしようなにから頑張れば普通になれるかな、皆に変に思われないようになりたいのに、どうしていつもつまらないことにこだわるんだ、今回たまたま運が悪かっただけじゃないか。気持ち悪い。」

そんな言葉がぐるぐるまわって、気持ちがぐにゃぐにゃしました。

すると昼休憩の時にしゃんがやってきて、私の手を引っ張って立ち上がらせました。

「ちょっとどうしたの。顔真っ青だよ。」

私はオフィスの外でお昼を買いながら昨日あったことを話しました。

最後まで話を聞き終えたしゃんは言いました。

「よし分かった。とりあえず今日は俺ん家に泊まりな。」

確かにまたあの家で暮らし続けるのは不安だったのですが、そこまでお世話になってしまうと彼が交際相手を探すことが困難になると思いました。

しゃんのことをいいなと思っている女の子の話も噂で聞いていたので、さすがにそれは出来ないとも思いました。

「いやあ自分で何とかしてみるわ。大丈夫大丈夫。」

と私は男らしくどどんと答えました。

「いや、そういうのいいわ。絶対また来るよ、なんかあったら後味わるいわ。はい鍵、今日から泊まりな。俺は友達の家泊まりにいくから。」

しゃんはそういってわたしに鍵を握らせて、かっこよく立ち上がって去ろうとしましたが私はその手を掴みました。

「ごめん、しゃんの家何回か行ったことあるけど田舎すぎて家の位置よくわからない・・・とりあえず一緒に行ってくれんじゃろうか。」

こうして私はしばらくしゃんの家にお邪魔することになったのです。

*共同生活

結局しゃんの家に住んで自分のマンションに帰らなくなりました。

最初は遠慮していたしゃんと私も、だんだん普通に同居しはじめました。

光熱費とかを渡そうとすると「細かいこというな」と受け取ってくれなかったのですが、それはどうなのかなと色々悩んでいたことを思い出します。

ついに同居したのですが関係が発展するというより、毎晩めちゃくちゃ中二病みたいなことをしました。例えば「世界の陰謀論をかたっぱしから調べる」とか「アニメ考察」とかつぶれない町の電気屋さんの理由を調べるとか、後はブックオフとかゲオで安い中古のクソゲーを買って夜通しゲームしました。

しゃんがコンビニご飯が嫌いで色んなご飯を作ってくれました。

そんな生活が一ヶ月くらい続いた時に、しゃんから「ちゃんと付き合おう。」と言われました。その時「いや恋愛感情どうする。」というまっとうな壁にぶつかったのですが彼はこう続けました。

「まどちゃんは女の子だから、女の子を家に置くという事はご両親に挨拶しないといけない。それと、やっぱり俺といることで噂になると思うんだ、だから社会的な責任をとる気持ちがある。」

確かに私はしゃんといてとても楽しいし、今までこんなによく眠れたことはないほどによく眠れます。

何よりありのままでいられました。不出来なところも全部みせることができました。

でも、と思いました。

私はともかく彼は色んな人から好かれる人です。今好きになれるひとがいなくっても、いつか運命の恋の相手と出会うのでは?と考えそれを伝えました。

「俺、誰かに恋するって気持ちはないと思う。でも、まどちゃんのことはすごく大切なんだよね。まどちゃんが他の人と付き合っても幸せなら嬉しいからやっぱり恋愛ではないんだと思う。でも、妹じゃないけどなんだろう。本当に自分の半分のような気がするんだよ。なんとなく、この先もずっと一緒だと思ってる。その為にきちんとできることはするよ。俺はかっこ悪いことはしないって決めているからね。」

しゃんは何でもできるのに、ときめいたことはありません。

最後のエビどうぞと言われたときにわずかに胸がキュンとするくらいです(実話)

私には男性にときめく機能がないのかもしれないです。

でも、彼と過ごした一ヶ月の間に私もしゃんは自分の半分みたいだと思いました。

自分だから、ときめかないけど、一緒にいて溶けるみたいに安心すると思いました。

私はしゃんの為なら何でも叶えられると思います。

けど、どきどきときめくわけじゃない。この気持ちは恋じゃないけど愛ではあるのかなと思っています。

複雑なので私たちは普段は皆にここまで説明しません。

やっとタイトルに触れるのですが今回思ったのは「男性にも女性にもなる人を何性って呼ぶのがいいのかな?」ということなんです。

*セクシャルフルイディティとは

しゃんは年々女性っぽい喋り方をするようになり、今では「ちょっと!あの女本当あざといんだから!聞いてよ!」と帰宅するとすっかりオネエさんになっているときもあります。でもきれいなシャツにエルメスのネクタイでビシッとしている時もあります。

本人いわく「男でも女でもなりたいほうになっている。」というのです。

芸術家の孫だけあって感覚が独特なのかなと思っていたのですが最近うーんと思うことがあります。

私の姉のような存在のアイちゃん(体は男性)も15年ずっと好きな人がいて、その人は同性である男性なのですが、彼女曰く「たまたまその人が男だっただけで、別に他の男が好きなわけではない。だからゲイというのには自信がないのよ・・・。」と言うのです。

アイちゃんは「それでもオネエ口調なのは、悪口をいう時一番スカッとする語尾だから。」と言い切る快楽型の思考を持った人です。

二人とも見た目が男性なので、私は男性二人とよく歩いていることになります。そこにでんきゅうも加わるので申し開きがすごく大変なことがあります。

ただ私たちの休日は私がボロキレを着ないように洋服を選んでいただいたり、美しいものを見に出かけたりします。私は食べる場所を決めるのが担当です・・・。

しゃんは男っぽいときもあるのですが「美しく生きたい」とよく言っています。

きっと自分なりの基準があるんだなと思います。私はいきあたりばったりなままなので、そういう芯みたいのを見つけたいですね。女の子らしいかは分からないけど、下品じゃなくて好きな人に好かれるようなそんな誇りのもてる人になりたいです。

今はジェンダーレス男子がどんどん台頭してきていて、性別を決めないとらわれない動きも世界的になっているように思います。最近ではジョニー・デップの娘がセクシャル・フルイディティであることをカミングアウトして話題や共感を呼んでいます。

・セクシャル・フルイディティとは

そもそも性は流動的なものであり、相手によって自分の立場を流動的に変えること。

自分の肉体に対して同性も異性も好きになるなら、バイセクシュアルとはどう違うのかということが疑問になると思います。この性としての立ち居地が流動的、性を確定させないというフルイディティという概念は新しく生まれたばかりで、今後定義が確定するものと思われますが今の所の解釈を書きますね。

似た概念であるバイセクシュアルとの大きな違いは例えばカップルがいたとしてレズビアンやゲイ、バイなら【男性的な立ち居地の相手と女性的な立ち居地の相手のカップル】という方向性が確定しているカップルとなります。

それがセクシャル・フルイディティの場合どちらも女友達同士のように見えたり、男友達同士のように見えたりそもそも「性」の概念に重きを置いてない、性別的役割を確定させないで「相手」によって変わる。

簡単にいうと「性別ではなく人間性と恋愛をする」という概念です。

別な側面からいえば「自分を定義しない」ということですね。

誰かに自分を説明する時、つい自分について定義を語ってしまうことがありますがそれには実は流動性が伴うものがあって、今これが自分だと思っていることは実は自作の檻に自分を閉じ込めている、ということもあるのかもしれません。

共有しようとして探した言葉が足かせになるくらいなら、はじめから決めないほうがいいことがあるということなのでしょうか。

やっとLGBTが世界に認知されてきた今、新しく出てきたフルイディティについてはまた新しいのが出てきたぞ、むずかしい話だぞという気持ちもあるのですが、大きな時代の波も感じますね。

私たちは次へ次へと子孫に伝える時代の先に、「個人」を育むことをはじめたのかもしれません。もちろん、慎重でなければいけないことはたくさんあります。

でも、変化は一度始まったら止まらないことが多いです。

それがいいことなのかわるいことなのかは、分かりませんが何かが変わろうとするとき「いいこと」に変えることができるかどうかは自分次第のところもあります。

ポジティブな変化にできたらいいなと思います。

男好き!女好き!なんていい方も古くなるのかもしれないですね。

*あとがき

最初は私たちの暮らしのことを書こうとして始めたブログですが、ずっとこんなことを話したらへんな人だと思われて距離を置かれたり、差別されたりするのが怖くてかけませんでした。そしてそれによって傷つくのもこわかったのです。

でも、勇気を出して書くことにしました。

結果大きな否定を受けても、ソレはその人の考え方だなって受け止めること以上でも以下でもないんだなと、お、おも、思っていますよ(震え)

私は今回自分たちの曖昧な性意識を表明したことで、それについて特別な配慮をしてほしいわけではなくって、ただ自分のことを、正直に書けたらいいなと思ったんです。

特に何か葛藤や悩みがあるわけではなくて、恋愛相談とかにのることもあるし、夫婦円満とか愛妻家の人をみるとうおおおってほころんだりします。

自分の幸せも、誰かの幸せも、一緒である必要がなく、それぞれが素晴らしいと思っているのです。

普通にこの先子供を産んだりするかもしれません(もちろん授かる機会があればですよ)そしたら私の考えや気持ちを押し付けず、まっさらに伸びて欲しいなと姉の子供を見ていて思うのです。

真実は自分で見つけるものだと思っています。

私は一般的なことをしています。なんか、どろどろした気持ちを抱えているわけでもないし、歪んだ欲望があるわけでもありません。

私は普通に買い物をしたり、普通に老後のことを不安に思ったり、特に何か個性的なわけでもなくごく平凡なことをして暮らしています

ただ、普通に恋愛をできないのと一部が幼いまま成長の見込みがないだけで(もちろんそれを他人様の前でも許容せよと押し付けたりしません)だれかにめいわくをかけてもいいとか、何に於いても自分の気持ちを優先したいとか、そういうきもちは全然ないです。(`・ω・´) 

もしよろしければこれからもぜひなかよくしていただけたらうれしいです。

ちぐはぐな家族ですが、私はしゃんもでんきゅうもまわりのひとを本当に大切に思っているのでこれからもそれを書けたらと思います。

ちゃんと責任も果たしながら、それでも楽しく生きていこうと思います。

そして最後になりますが、いないかもしれませんが、性意識が定まらなくて悩んでいる方がもしいましたら、大丈夫です。どうかおいしいものをたべて、とびきりたのしいことをしてください。みなさんのしあわせをねがっています。

それではまたお便りいたします!

円野まど