こちら孤島のまどよりお便りします

円野まどの恥の多い日々の記録

私達の関係に名前はない

〒みなさま

 

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*注意 

本当に他愛もない一日の記録なので特にオチがありません 

お暇なときどうぞ(›´ω`‹ )

 

登場人物

*アイちゃん 私の10個上のオネエさん。職場が私の家と近くなった為よく会う

*しゃん 私のパートナーで家主 1000%クールガイ。今喉が痛いらしい。

*でんきゅう 私の弟のような子供のような人。21歳。マッチョ。

*私 筆者円野まど。まるのまど。引きこもり。

*

晴れた日。

でんきゅうが遊びに来て、さまざまなことを話してくれた。

私は中々体調がよくならないので、午前中話をして昼食を一緒に食べた後で私は眠って彼は隣の部屋で映画やテレビをみたり、うさぎと遊んだりして帰る予定だ。

少し前に私が「あれ。すこし痩せたね?」などと言ってしまったせいで、彼のマッチョスイッチが入ってしまいものすごい筋トレしているようだった。

痩せる=体調の心配だったのだが、彼の中では痩せる=見た目が貧相になるという謎の図式が存在していることを確認する。世界は広い。言葉は相手に伝わってこそ意味を為すという台詞が脳裏に浮かんだ。

毎日の追い込みトレーニングの成果か、ちょっと格闘技してるみたいな感じの見た目になっていて、会話も半分とは言わないけど3分の1くらいが「あーそれ筋トレすれば解決すると思うんよ。」みたいな回答をしてくる所もいろいろと思うところがある。しかもちょっと解決しそうだな・・・って私も思ってきているので筋肉菌の存在を一瞬真剣に検討する。

中学生位のときは筋肉質の人がすこし苦手だった。

私は男性らしさ、のようなものをちょっとだけこわがっていたように思う。

しかし数年前に一度筋トレにはまった時期があって、そのとき考え方は一変する。

あれは努力に裏打ちされたものなのだ・・・と完全に筋肉に感染。

しかしその後は自堕落な生活を送っているので進行レベルは低めである。

ジムに通ってみたいけれど、一度体験してみた際トレーナーの方に話しかけられて声がでなかったのだ。あちらも仕事なのでとても困らせてしまったと思う。

またそういう事があったらと申し訳なくてなかなか会員になる勇気がでないでいる。

私「話しかけられずに1人で黙々と出来るなら行って見たいなあ・・・」

でんきゅう「ああ、話しかけられても無視すればいいんよ~。」

ここに鋼鉄のメンタルをもつ男がいた。いいんよ~じゃない。

元気そうで安心する。

その後彼の職場の話になる。

でんきゅう「変な人と接すると疲れるわ~。特に人のせいにするやつ。」

私「ああ~。確かに、おお、ここまで甘えますかな?って人いるよね。」

でんきゅう「そう。めっちゃキレそうになる。」

 私「そういう時相手は正当性自分にあるって思ってるから大変なんだよね。そこから基本思考が動かないし。」

でんきゅう「そう!たちわるーい!」

話している時の相槌の感じが、アイちゃんに似てきている。

よく考えたらしゃんもこういう感じだ。

というか、この話この前アイちゃんともしたような気がする。

職場のいやなことって基本「変な人と接した」かもしれない。

もちろんこれは自分を棚に上げてのお話。

身内の間くらい棚にあげないと、疲れがとれない時もたぶんある。

でんきゅう「なんで全力で人のせいにできるんかな?」

私「これは闇が深い話になるよね・・・。」

原因を考察していこうとすると、彼の肌がめっちゃツヤツヤしていることに気がついた。

私「え、肌きれいじゃない?」

でんきゅう「んー毎日アボカド食べてるからかな?」

私「やっぱり食べたほうがいいよね。でも何かスーパー行く度売り切れてるんだよね、しゃんがアイツ(でんきゅうのこと)が買い占めてんじゃないの?って言ってた」

でんきゅう「実際めっちゃ買ってるわ。」

この後、始まりかけた人間考察はあっさりと「アボカド美容にすごい良い話」に飲み込まれて消えることとなる。

ちなみに話をしながら彼はロースムージーを作っていた。

「女子力」そんな言葉はもう過去のものとなったのだ・・・とブレンダーで果物を砕くマッチョを見ながら思った。

その後も職場の話とか勉強のこととか、ちょっと質問をされたりした。

教えれば教えた分吸収して面白い疑問を返してくるので楽しい。

質問というのはその人の考え方が反映されているように思う。

昔から知っているので、大きくなったなあといつも思うけれど、これはすなわち私の加齢を意味するのでこの気持ちがわきあがるたびに口をすぼめたくなるような、何とも言えないものが沸く。

いやいやおめでたいことなんだ。

そう。成長はめでたい、正の要素だけ見るんだ。そこをクローズアップするんだ。

わー健康に大きくなって、よかった~・・・!

こうしてとりあえず今日の自分の洗脳は完了される。

 

 

夜更かしすると肌によくない旨を伝えられる。

これは最近結構注意される。

夜通ししなくてはならないことがあったんだよね~、などとクズの常套句を口にした後で「そういえばこの前さ~」と何とかこの話題を終わらせようと私は尽力する。

横でしゃんが聞いている時は「夜通ししなくてはいけないことって何だったの?詳しく教えて」と身も蓋もないことを言われることもある。

でんきゅうにはこのような厳しい大人にならないように、今からジブリの映画などを定期的に見せてやさしさに包まれた世界を伝えていこうと思う。

政治や福祉の仕組みについて幾つか聞かれて、私の思想の入らないように極力事実だけを伝えるように気をつけた。何をどう思うかは彼に任せたい。

純粋な性格をしているので、何かを説明するとまるで秘密を教わったかのように感動する。そういう場合はいつも

「私のほうがいつかあなたから物を教わるときがくるよ。」

と言うようにしている。

これはおそらくやがて事実になる。

どうしても私は年齢を重ねていくうちにいつか生活のただ中に入り込んでしまい、ものを感じる何かを鈍らせる時が一時的もしくは継続的に来るのではないかなと思うのだ。

同じ大きさの感情でも、初恋と二度めの恋が違うように新しさを忘れてしまうことがあるのかもしれない。無いようにはしたいのだけど、一応。

その時、人の言葉を聞き入れてまた自分を改められるようでいたい。

だからいつか、私より分かることが出来たら今度は教えてね、と話をする。

これを言うといつも不安そうに「できるかな」と言っていた彼はもういない。

「いいよ。教えてあげるね。」

そう言ってもっと色々なことが知りたいとまた本を読んだり勉強をする。

年下の人が育っていく様子を見る、ということは時間が過ぎ去っていくものではなくて重なっていくものだと感じるのだな、と思った。

彼がこちらに来たばかりの頃、何故か出来ない事が幾つかあった。

コンビニの名前を覚えること、朝起きること(これはたまに、ということではなくてどうしても昼過ぎまで目を覚ますことが出来なかった)それにコスメの強い香りをかぐと落ち着いていられなくなる(吐きそうになったり怒ったりする)

その全てはそんなこと自体なかったかのように乗り越えてしまって、それを見ていると私はこの数年で何ができるようになったかな?と振り返ってしまう。

あれこれ思い出したり考えたりしている内にいつの間にか私は眠ってしまった。

それから帰る時間になって、彼は私を起こしに来た。

目覚めたすぐ後はひどい咳が出る。体が折り曲がるみたいな感覚と、内側でトランポリンされるみたいなおかしな感触。そのあと吐き気。それでも随分回復したように思う。

前は一日中が咳で、合間で気絶するように眠って咳がこみ上げてくる感覚で目を覚ます、というのを繰り返していたので(これはとても辛かった)かなりよくなった。

自分ではそう思うけれど傍からみているとやはりしんどそうなのか、彼は悲しげな顔をしている。

「ごめんね。大丈夫だよ。」

伝えてすぐまたゴホゴホが始まる。

咳き込む音は自分でもうるさくてちょっと嫌になる。

また来週ね、と言いながら彼が帰り支度を始めた。

テーブルの上にはお菓子があった。私が寝ている間に彼がしゃんに作ったのだ。

「ありがとう。渡しておくね。」

でんきゅうがこちらに来た最初の頃、面接などで急に必要になった洋服や小物はしゃんが自分のものを渡していた。

かなり遠慮するので、無理やりに押し付ける作業を終えた後、彼はそれをじっと眺めて、試しに着るときなんだかとてもきらきらしている。

その後、大人に見えるか聞いてきたことを思い出す。

たぶん、小さな頃からずっと大人になれば傷つかないと思っていたのだ。

何となくそれがわかるからその答えに窮するけれど父性とは強さを分け与えてくれるのかもしれないと思う。「これ、しゃんが着ていたやつ?」と聞くときの彼はなんだか新品のときより嬉しそうに見えた。

自分の中の強さはきっと、今まで出会ったたくさんの人に似ているのかな、というようなことを考える。自分の父だけではなくて、色んな誰かの「父性」を貰っているのかも知れない。

私は長い間誰かと親しくなることが出来なかったのだけれどしゃんと会って、アイちゃんと会って、でんきゅうと会って、そのことで別々だと思っていたことに関連があったり、経験に新しい解釈が生まれたりした。誰かと接するということはとても驚く。

摩擦もあるけれど、それもきっと生きてる限りは自分の中で何かが磨り減るのではなくて何かが増えていくのだと感じる。ただいつもハッピーエンドでありたい。

さまざまなことをめぐらせてボーッとしていると声をかけられた。

「しゃん美味しいって言ってくれるかなー?」

ちょっと自信なさげに言うので、大丈夫大丈夫と伝えた。

この子は生物学上の父を知らない。

父と息子ってどういう感じなのかな?ということを想像してやめる。

ふつう、こういう関係だとかそういうことを考えては、自分に足りないとか誰かに足りないとかつい考えるけれどそうする必要なんてどこにもないのだった。

正しい家族になれなくても大丈夫。

必要なのは、それを本人が幸せに感じているかどうかだ。

父らしく母らしく子らしくじゃなくて、当人の気持ちが満ち足りているかが大事だ。

身近な人の顔を思い浮かべる。

私はこの人たちの幸せな毎日が欲しいなあ。

「幸せになってね。」

心から、そう声をかける。

もしいつか誰かと結婚するとか、何かがあって疎遠になったりして時間が空いたらもう当然に頼って来れないだろうな、そんな事考えないで家族だと思っていてねと続けた。

「えっ・・・。」

返って来た反応は意外な感じだった。

私の脳内では色々あっての発言なのだが、当然その色々はでんきゅうに伝わっていない。

なので、彼からすると常に咳き込み、やつれたパジャマ女が急に幸せになってねと言ってきた状態だった。

すごい、不吉なものを想定させる私の力ない「幸せになってね・・・。」の放つまがまがしいオーラを払拭すべく手をブンブンと振って焦って「ちがう!違う!体調やばいとかじゃない」と言ったのだが、「病院の先生はなんていってたの・・・?」という深刻な空気が発生した。

違う。幸せになってほしかったんだ。

・・・それと、幸せになってね。とちょっと大人っぽい感じで枯れた味わい?みたいな感じを出したかった。

私はこういう、ちょっとスカしてみたものの決まらないことが多い。

いや、最初はすかす意図はないんだけど、なんか最終的に感情的になってすかしたことを言ってしまうことになる、そしてほぼ決まらない。

前に喧嘩したとき私は「もういい。分かった。」と、全然納得していないのに言うウザい感じの分かったを突きつけながら口の横にずっと歯磨き粉がついていて、でんきゅうがこらえきれずに噴き出した時「はいはい。」などとクールに返していた。

穴があったら入りたい思い出は増えていく。

「大丈夫、みんなついてるからね。」

ものすごい病床に寄り添うような一言を残して彼は帰宅した。

私の「幸せになってね。」はポシャっと床に落ちた。

私もたまにはグッとくる台詞を決めたいな・・・と思った一日だった。

意味がないようであるようで、多分あとから思い返すといつか泣けそうな普通の一日だった。

 

それではまたお便りします。

 

円野まど